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地域開発論から
地域発展論へ
文・伊藤 敏安

(ITO, Toshiyasu)
経済学部附属地域経済
システム研究センター長・教授


 地域開発というと負のイメージで語られることが少なくありません。しかし、それぞれの地域が自らの選択と意思決定のもとで、地域資源に依拠した人材づくりや産業振興に取り組みながら持続的に発展していく―という意味での「地域開発」は、地方分権の進展とともに今後ますます重要になると思われます。

横断的な地域開発論
 地域開発という言葉は、場合によっては環境破壊の代名詞のように使われることもあります。実際、売れ残った大規模工業団地、つぶれた大型テーマパーク、森林を切り開いた大規模林道など、地域開発の残滓をあちこちに見つけることができます。その半面、企業誘致によって雇用が確保されたり、高速道路の整備によって他地域との交流が進むなど、私たちは地域開発の恩恵を享受してきたことも事実です。
 地域開発論は、このような地域開発に伴う光と影の問題に留意しながら、より望ましい地域を実現するための課題や方策を検討する学問といえます。
 ただし、地域開発論が学問として確立されているかというと少し不透明な面があります。たとえば科学研究費補助金公募要領(日本学術振興会)をみると、経済学については理論経済学、経済学説・経済思想、経済統計学など七つの分野に区分され、分野ごとにミクロ経済学、経済思想、国民経済計算などの学問領域が例示されています。しかし、地域開発という名称は出てきません。これは、地域開発論が地域経済学や経済政策論などの複数の領域にまたがる学問であることを示唆しているとも考えられます。

経済開発・社会開発・人間開発
 地域開発は、成長志向の経済開発的側面と福祉志向の社会開発的側面の両方の性格を持っています。社会開発とは保健・衛生、住宅、教育などを発展させることです。
 地域開発の考えは、1930年代のイギリスにおいて地域問題を解決するために生まれたといわれます。もともとは福祉志向の地域政策の含みが強かったのです。しかし一方では、国全体の経済成長をいかに図っていくかという経済開発への要請もありました。
 特に戦後のわが国では、先進国にキャッチアップするために経済開発の側面を優先してきました。これが新たな地域問題をもたらすなど地域開発のマイナスイメージを助長してきたともいえます。発展途上国の地域開発についても、やはり成長政策的側面が強かったことから、同じような問題を引き起こす傾向がありました。
 そのため国際連合では、すでに1960年代から経済開発と社会開発を両立させるよう提唱してきました。1990年には、人間の生存や教育に着目して「人間開発」という考えを提示しています。
 地域開発を考えるときには、経済開発的側面だけでなく、社会開発的あるいは人間開発的側面にも配慮する必要があります。そのような多面的な性格を持つがゆえに、経済学はもちろんのこと社会学や文化人類学などを含めた学際的・総合的なアプローチも重要になってきます。

地域発展論の考え方
  従来の考え 最近の考え
地域政策
の重点
・人口流出への歯止
 め、製造業の分散
・既存産業への支援
・地域での産業創出
 と雇用確保
・新産業の振興
主要政策 ・産業基盤整備
・製造業向け人材の
 育成
・特定産業への重点
 対策
・東京との直結
・情報通信基盤整備
・知識関連人材の育
 成
・多業種・異分野の
 振興
・世界とのアクセス
政策手法 ・国主導型
・金融・財政政策依
 存型
・地域主導型
・民間主導型
国土計画 ・国土の均衡ある発
 展
・地域の個性ある発
 展
地域開発にかかわる考え方の変化
 開発とはdevelopmentです。おもしろいことに、日本語の開発にも英語のdevelopmentにも他動詞的な用法と同時に自動詞的な用法があります。わが国では、「開発」(自ら悟りを開くこと)という仏教用語が新田開発などの語法に転用されたようです。
 他方、1980年ごろから「内発的発展」という考え方が提示されるようになりました。これは「外発的発展」に対置される言葉であり、当該の地域なり発展途上国が自らの資源に立脚して自律的に発展していくという理念を示したものです。「外発的発展」とは他動詞的であるのに対し、「内発的発展」とは自動詞的といえます。
 私が担当している科目は「地域開発論」ですが、以上のような視点から地域の自律的・自立的な発展基盤を考えるという意味で、機会があれば「地域発展論」というような名称に発展的に変更したいと考えています。具体的には、地域経済学や地域政策論などの知見をふまえながら、地域開発に伴う諸問題を検証するとともに、地域自立を支える産業のあり方、多様な地域主体の連携方法、意思決定の仕組みなどについて考えていきたいと思います。

現在の取り組み
 最近の国の審議会や首相の諮問機関の動きをみていると、非常に気にかかることがあります。端的には、大都市偏重の傾向が強まっているのではないかという懸念です。
 特に地方からみて憤然とした思いをさせられたのは、1999年2月の経済戦略会議答申です。その中では能力開発バウチャーなど興味深い提案がされている半面、記述のほとんどは大都市に関するものでした。地方については、自立するために税財源を確保しつつ地方分権を進めることとされています。これは当然のことです。では税財源をいかにして充実するかというと、統計データの整備によって地域の実情を把握するとともに企業誘致と観光振興に取り組むこと――本当にたったこれだけしか書かれていません。
 大都市重視の姿勢は、現在の経済財政諮問会議に引き継がれており、一段と増幅されている感じがします。
 地域開発の基本方向を示した国土計画においても、気になる変化がみられます。これまでの国土計画は「国土の均衡ある発展」という考えを基本理念としてきました。しかし、最近になって「地域の個性ある発展」という考えが打ち出されています。
 たしかに地方の側は、「国土の均衡ある発展」という理念に甘え、地方交付税をはじめとする国からの財政移転への依存を当然視してきた面があることは否定できません。にもかかわらず地方の側は、自らの思いとは関係なく、そのような仕組みに組み込まれてしまっているという状態こそ問うてみなくてはなりません。税財源の問題にしても「地域の個性ある発展」の問題にしても、必要な条件が担保されないまま地方に自立と個性が求められるのは納得がいかないのです。
 このような問題意識のもとで、私は当面、地方自立のための新たな理念を展望しながら、地方にとって国土計画の役割を点検すると同時に、地域通貨や官民協働による地域づくりといった最近の新しい動きを追いかけてみたいと考えています。

伊藤 敏安
1978年 同志社大学文学部社会学科卒業
1980年 関西学院大学大学院社会学研究科修士課程修了
社団法人中国地方総合研究センター地域経済研究部長、広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻客員教授などを経て、2002年11月から経済学部附属地域経済システム研究センター次長・教授、2003年4月から現職。

専門分野:地域開発論、地域産業論
地域経済システム研究センターのHP:
 http://www-cres.senda.hiroshima-u.ac.jp/



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