広島大学には、現在、教員(教授・助教授・講師・助手)が1,657人(平成15年5月1日現在)所属しており、それぞれが様々なやり方で教育・研究活動を行っています。今回の特集は、学部(学士課程)教育に携わっている先生方の中から、教育・研究・社会貢献の面で「ユニーク」な先生を紹介しようというものです。人選・執筆は広報委員にお願いし、人によって受け取り方の異なる「ユニーク」という言葉の意味もあえて統一はせずに、記事の中で各自で説明していただくことにしました。10学部10人という限られた数の「ユニーク先生」しか紹介できませんが、この多彩さこそが広大が誇る人的資源の多様性を反映していると言えるでしょう。

日下部眞一 先生 総合科学部自然環境科学講座助教授
中田  高 先生 大学院文学研究科地表圏システム学講座教授
宮谷 真人 先生 大学院教育学研究科心理学講座教授
西谷  元 先生 法学部国際関係講座教授
脇本 修自 先生 経済学部附属地域経済システム研究センター教授
松本  眞 先生 大学院理学研究科代数数理講座教授
井出 利憲 先生 大学院医歯薬学総合研究科病態探求医科学講座教授
二川 浩樹 先生 歯学部附属病院口腔維持修復歯科講師
淺枝 正司 先生 大学院工学研究科化学工学講座教授
郷  秋雄 先生 生物生産学部助教授・附属練習船豊潮丸船長


くさかべ しんいち
日下部 眞一 先生
総合科学部
自然環境科学講座助教授

右手に文(NPO)、
左手に理(遺伝学)
 総合科学部においては、文と理の垣根を取り払う努力が長い間なされてきており、最近では両領域の先生が協力して教育研究を行う試みが増えています。しかし、お一人で文理融合とも言えるスタイルをとられる先生が僅かにおられます。
 日下部先生はそのお一人で、遺伝学とフィランソロピー論(NPO論)を専門とされています。平成元年に広島大学へ転任してこられる前は、九州大学理学部で集団遺伝学と進化遺伝学の研究に没頭されていましたが、こちらに移られてから「ボランティア論」の授業担当をきっかけに非営利組織(NPO)の地域実践活動にも取り組んでこられました。そして平成11年の日本NPO学会の設立にも尽力され、現在理事をされています。
 日下部先生は、もともと生物の進化像にてらして特異な人間社会の進化にも関心をもたれていましたが、広島で居を構えられた場所が新興住宅地で、その地域活動や生涯学習活動に関与する中で、NPOを含めた社会構造を数理的に究めることをもう一つの専門とされることになったようです。つまり、広島大学の総合科学部に所属することになったのが、現在のスタイルに変わった契機ということで、総合科学部の存在が言わばユニークな人材を生む働きをしたと言えます。このような人材が力を発揮できる場所こそ、総合科学部に求められるべきではないのかと感じます。
(福岡 正人)


なかた たかし
中田 高 先生
大学院文学研究科
地表圏システム学講座教授

2001年芸予地震液状化調査(左)、
ミシシッピ川中流日米液状化調査(右)
  文学研究科に特許の発明者がいることをご存じですか?中田 高さんは世界でもユニークな特許を出願して認められた文学分野のスタッフです。学位は理学博士ですが、広島大学教育学部・文学研究科の出身で生粋の広島地理人間です。以下、中田さんの言葉から。
 「数十年、数百年という長期間の地震危険度評価には、地表直下の地層に刻まれた地震の痕跡を詳しく調べるのが最も有効な方法です。その調査は自然地理学の得意ワザで、昔から幅数mもある大きな溝を掘って壁面を観察していました。でも狭い日本では用地が限られるし、穴の部分の情報は全部破壊されます。代わりに足下の地層から板状の試料を抜き取れば、壁面観察と同じ調査ができるに違いない。この単純な思いつきが発明の発端です。助言を求めた専門家や同僚は一様に懐疑的でしたが、できないはずはないと信じ遊び半分で取り組んだのが実現の鍵だと思います。研究費はほんの僅かでしたが、近所の鉄工所の専務や研究仲間に助けられて試行錯誤を続け、五年ほどで1〜10m2の平面試料や長さ10mの柱状試料の採取に成功しました。特許の眼目は採取方法ですが、発想の意外性・新規性に自信があったので、楽しみながら出願しました。この装置は阪神淡路大震災後の活断層調査で活躍していますが、私は政府の地震調査委員会で成果の還元と普及に四苦八苦しています。この発明が地震防災に役立つことを楽しみにしています。」
(奥村 晃史)


みやたに まこと
宮谷 真人 先生
大学院教育学研究科
心理学講座教授

研究室での授業風景
 「ユニークでない大学教員などありえない」と考える筆者にとって、「ユニーク先生を一人選ぶ」という今回の任務は至難の業でした。人間は、過剰なストレス状況におかれると、認知過程や課題遂行に困難をきたすものです。期せずして、それこそが、ここに紹介する宮谷先生の研究テーマの一つだったわけですが、ご多分に漏れず、筆者もしばしお手上げ状態になりました。幸い、学部広報委員の某先生にアドバイスを頂き、「授業にいろいろ工夫があり、学生の評判も良いらしい」という宮谷真人先生にお話を伺うことにしました。
 例えば、教養的教育の個別科目『心と行動の科学』では、パソコンとプロジェクターを早くから導入し、錯覚や奇妙な印象を生じさせる画像をいくつも「見せる」ことによって、視覚の不思議や知覚の危うさに気づかせ、人間があたりまえに認識していることが実はあたりまえではなく、単純な対象の認識においてさえ、大きな個人差や経験差が存在することを実感してもらうといった、まさに電脳時代に相応しい授業をなさっているようです。
 宮谷先生は、教育学部最上階の最も眺めのよい心理学講座に研究室を構え、認知心理学、心理生理学の教育・研究に専念されています。学生時代を含めると実に通算25年、人生の半分以上の時間を広大とともに歩んで来られた先生は、教育学部生え抜きのホープのお一人と言えるのではないでしょうか。
(倉地 曉美)


にしたに はじめ
西谷 元 先生
法学部国際関係講座教授

ヴィルニュス大学法学部でのセミナー(中央が西谷先生)
 最近の教育改革のキーワードは「国際」と「情報」ですが、その二つを単にプラスするだけではなく、クロスさせた所に位置するのが、国際法教授の西谷先生です。
 先生のホームページからはいれる「国際法文献検索システム」は、1951年以降の国際法関係文献約2万5千件がインターネット上で検索可能なシステムで、全国的に紹介されるとともに、現在では国立国会図書館データベース・ナビゲーション・サービスにも登録されています。また、ビデオ・ライブラリーの整備も手がけられ、1999年以降の国際法・政治関係のテレビ番組を録画し、授業や学生の自宅学習で利用できるようにされました(現在のストックは、約1,200本)。これらを独力で構築されただけでなく、法学部のIT化システム設計や東広島と東千田を結ぶ双方向授業システム導入を推進されたのも先生です。さらに、一九九八年度版から毎年改訂発行されている『国際法資料集』は、地図・図表・グラフの作成等コンピュータによる教材作成の極致で、今年度版はA4版で525頁、語数約200万語、重さ1.8キロの重量級資料集です(生協で発売中)。
 国際と情報のドッキングを象徴的に表すのは、今年の2月から3月にかけての「高等教育IT活用事業海外調査」です。文部科学省の依頼を受け、三週間に計16回飛行機を乗り継いで、8か国10大学を訪問し、37名のインタビューを中心に、ITを利用した留学生サポートの実態等を調査したものです。その間、リトアニアのヴィルニュス大学(本誌八月号『世界の大学』で紹介予定)など3大学でパソコンを活用してセミナーを実施されました。ノートパソコンをかついで世界一周、イラク戦争勃発数時間前に日本到着という、まさにスーパーなユニーク先生です。法学部の西谷ホームページをぜひ一度ご覧ください。
(平野 敏彦)


わきもと しゅうじ
脇本 修自 先生
経済学部附属
地域経済システム
研究センター教授

広島県庁での執務風景(左手奥が脇本先生)
 脇本教授は、広島県庁で25年間にわたって蓄積してきた行政実務の経験と知識を、地域社会・経済が直面する様々な課題の解決への研究に活かし、官学の橋渡し役となられることが期待されている方です。
 脇本教授は昨年11月に広島大学が初めて行った、行政経験者を対象とした教官の全国公募に応募され、今年4月より広島大学経済学部および大学院社会科学研究科マネジメント専攻において教鞭をとられることとなりました。広島県庁においては、主として地域振興部門、政策企画部門を歴任され、今年3月末まで市町村合併推進室に勤務されていました。大学においては県庁時代の経験を活かし「現代社会と経済」「人間の復権と地域の自立」などを講義され、大学院においては地域経済、都市と中山間地との関係など地方の抱える重要な問題について研究指導を行われる予定です。人口の少子高齢化や地方分権、環境問題といった現時点では答の見つかっていない数多くの問題についても、講義やゼミを通じて学生の意見を聞きながら、未知なる領域を開拓して行こうと意欲を燃やされています。
 地方自治のホットな話題がどう展開されていくのか、楽しみなところです。
(鈴木 喜久)


まつもと まこと
松本 眞 先生
大学院理学研究科
代数数理講座教授

ザルツブルグであった乱数の国際会議のレセプションで
カジノに行ったときのもの(右から4人目が松本先生)
 理学部には熱血教官が数多くいます。中でも一押しはここで紹介する数学科の松本眞教授でしょう。私は彼のスーツ姿を見たことがありません。いつもTシャツやトレーナーでエネルギッシュです。最初に出会ったとき、どこかの院生かと思った程フランクですが、彼の数学への情熱はただ者ではありません。
 彼の研究分野は純粋数学から実用アルゴリズムまで多岐にわたっています。彼が開発した乱数発生プログラムは最新のどの発生法よりも速く、「21世紀の標準乱数」と呼ばれ、世界的に普及しています。試しにネットで検索してみると4,790件のヒットがあり、彼はこの研究で日本IBM科学賞を受賞しています。
 「実際に用いられなければ、意味がない。」彼の言葉は、数学者にあるまじきものかも知れません。応用研究をするからには、単なる「応用の可能性」に留まりたくない。革新的なアルゴリズムを、ホームページから配布する。最近、並列乱数発生ソフトの配布も始めました。もう一方での彼の研究分野は、ガロア理論などの純粋中の純粋とも言える高等数学です。「こういった研究が、今世紀中に実社会に貢献するとは思えません。」先の言葉と全く矛盾した言葉を、彼は平然と口にします。「矛盾はしてません。開発した乱数発生プログラムに使った数学理論は170年も前にガロアらによって研究されたもの。当時は応用の可能性は全くなかったのです。」「それに…、本当のところは矛盾していたっていいんです。応用でも純粋でも、『これは面白い、研究するに値する』って自分で思えることを研究するだけ。…本当はみんなそうなんでしょう?そして、それが一番正しいことなんだと思えるんですが。」
 一度是非彼に会ってみて下さい!
(三村 昌泰)


いで としのり
井出 利憲 先生
大学院医歯薬学総合研究科
病態探求医科学講座教授

井出利憲先生
 これは本人に聞くわけにはいかないので、広大霞キャンパス内で、教官・学生などに「ユニークな先生はいませんか」と尋ねてまわったところ、「薬学科の井出利憲先生は講義がユニークである」という証言が多数の関係者から得られました。
 「講義がユニークな井出利憲先生」は太平洋戦争真っ直中の1943年に東京の馬込で出生され、東大大学院薬学研究科を修了後、米国留学などを経て、1978年に広大へ赴任されています。以来、広大一筋に教育・研究に打ち込んでこられました。現在、大学院医歯薬学総合研究科の教授で、ご研究の内容は「細胞老化のメカニズム」、分かりやすく言えば、「人は何故老いていくのか」という私たちにとって極めて重要かつ厳粛な問題をひたすら追求されています。学生によれば、同先生の講義は「兎に角、滅法面白く、眠らずに済む。別にアルコールは入っていないはずだが、いつも一杯気分なところが親しめる」とのこと。難点は、「ついご自身のお気に入りのテーマに力が入り過ぎ、予定の授業シラバスがなかなか消化しないこと」らしい。また試験ではやたらに書きすぎると減点されてしまうそうです。
 このように井出先生の講義は形式にとらわれないユニークさに溢れているようですが、同先生ご自身によれば、「自分ではちょっと古いタイプの日本人であるとの意識が強い」とのこと。「たまに違う分野の本を読んでは一息ついている。目を洗われるような思いをすることが多くて新鮮な感動があるが、今はその時間も乏しい」と現在の多忙を嘆いておられます。
(緒方 宣邦)


にかわ ひろき
二川 浩樹 先生
歯学部附属病院
口腔維持修復歯科講師

培養した虫歯菌に、ロイテリ菌ヨーグルトを入れると、虫歯菌の増殖が抑えられた。
 6月は虫歯予防デーがありますので、それにちなんで歯学部からは二川先生を紹介します。二川先生は、チチヤス乳業と一緒に虫歯予防のためのヨーグルトの研究をしています。私たちが学生の頃、ヨーグルトは歯に悪い食べ物の一つとして習ったので、この研究自体、とてもユニークさを感じます。
 二川先生の研究では、ロイテリ菌ヨーグルトを食べるとお口の中の虫歯菌が減ることがわかりました。ロイテリ菌は、 Lactobacillus reuteri(ラクトバチルス・ロイテリ)という乳酸菌の一種で、自然界では母乳に多く含まれています。このロイテリ菌は、他の乳酸菌と比べて、全く歯の成分を溶かさないことがわかったそうです。また、ある施設に歯磨きができなくても虫歯にならない人がおられて、お口の中の乳酸菌を調べてみましたところ、非常に強い虫歯菌抑制作用のある乳酸菌が二種類見つかったそうです。なんとこの二つともがロイテリ菌だったそうです。ロイテリ菌ヨーグルトには、虫歯菌を減らす効果がありますが、これだけで完全に虫歯を防ぐことはできず、きちんと歯磨きをする必要があるとのことです。虫歯菌はバイオフィルムという防御膜のようなものを作りますので、まず歯ブラシでこのバイオフィルムをこわす必要があります。もう一点、ロイテリ菌ヨーグルトでは、虫歯は治らないので、虫歯がある人は、すぐに歯科医院を受診する必要があるとのことでした。
(里田 隆博)


あさえだ まさし
淺枝 正司 先生
大学院工学研究科
化学工学講座教授

シリカ分離膜の断面
 工学研究科の淺枝正司先生を紹介します。先生は、バリバリ現役の研究者で、学生がいくら頑張っても先生の製作した膜より高性能の膜が作れないとのことです。先生は大学にいる時間のほとんどを実験室で過ごします。このインタビューに行ったときも教官室ではなく、まず実験室を尋ねました。
 先生は「淺枝膜」と言われる一連の高性能の分離膜を開発しています。40歳ころふとしたきっかけから無機膜の世界に入り、これまで20年間この研究を続けています。当時は有機高分子膜が主流であり、「有機高分子膜については多くの方々が成果を上げておられるので、私は人のやっていないことを始めようと思いまして…」と言って、他の人と同じことをやらなかったそうです。
 先生のお仕事は簡単に言えば、それぞれ特定の大きさを持つ分子を、適当な大きさの孔でふるい分ける膜を研究しています。水素やヘリウムなどのガス分離膜では、孔と言っても一ナノメートル( メートル)以下であり、選択性と透過流束が大きく、均一でピンホールのない安定性の高い膜を如何に作るか絶え間ない工夫と試行錯誤の連続だったと想像されます。その代表的な膜(写真参照)は多孔性アルミナ管の基材の上に微細なシリカコロイドゾルをコーティングした構造をしており、水素をメタンの千倍以上に濃縮できる高性能の分離膜が得られています。現在、耐水性の低いシリカ膜に代わる無機複合膜を検討しているとのことです。
(飯澤 孝司)


ごう あきお
郷 秋雄 先生
生物生産学部助教授
附属練習船豊潮丸船長

乗船実習で屋久島寄港(中央の青い服の方が郷先生)
 広島大学に船長さんがいますというと、驚かれるでしょうか?郷秋雄助教授は生物生産学部附属練習船豊潮丸の船長さんとして、広島大学の看板を掲げ、日本各地から外国(主に韓国)まで各海域を巡り、教育・研究・広報活動を行っています。豊潮丸はまさに「動く海上教室」なのです。
 郷先生は、熊本の酪農家に生まれ、広い農場を持つことが夢だったそうですが、今はさらに広い海が相手です。「青い海原に忽然と現れるイルカの群れ、南海の飛魚の飛翔、水煙を吹き上げるクジラ、そして穏やかで優しい瀬戸内海、深い森に覆われた世界遺産・屋久島、噴煙を上げ続ける静寂の島々・トカラ列島、原始の自然を残す奄美大島、珊瑚礁で縁取られた沖縄群島などなど。航海中に各海域、各地で出会う出来事に感激し、自然の持つすばらしさに感動しつづけています。圧巻は、島々に住む人々との交流です。岸壁、船上に人々が集まり、青い海原を目の前にし、酒宴と共に山・川・海、動植物、島の生活についての話題で始まり、踊り、歌と共に夜が更けていきます」という郷先生の言葉を聞くと、誰でも船に乗りたくなるのではないでしょうか。
 でも船は24時間運航するため、8時間の三交代制や午後4時の夕食など、厳しい面もあります。また、船には三軸方向の揺れが生じ船酔いのもとになります。乗船学生の7割が3日ほどで慣れるようですが、郷先生は、ひどい時化でも酔わなくなったそうです。
(水田 啓子)



広大フォーラム2003年6月号 目次に戻る