文・宮谷 真人
( MIYATANI, Makoto )
大学院教育学研究科
心理学講座教授
文・辻 敏夫
( TSUJI, Toshio )
大学院工学研究科
複雑システム応用講座教授

発 端
 平成十三年、工学研究科の辻敏夫(システム工学)、留学生センターの玉岡賀津雄(言語科学)、教育学研究科の宮谷真人(認知心理学)と河原純一郎(知覚心理学)の四名は、大学のすぐ近くにある広島県立身体障害者リハビリテーションセンター所有のfMRI(注)装置を使用させていただき、各自の研究を進めていました。せっかく異なる領域の研究者が同じ装置を使っているのだから、共通の研究テーマを設定すればよりよい研究が実現できるのではないか。そう構想して申請し、採択されたのがこのプロジェクトでした。

目 的
 それぞれが取り組んでいた「記憶」「注意」「言語」「運動機能・身体感覚」という心の働きを、fMRIによる脳活動の視覚化という同じ方法論で捉えることによって、各機能相互の関係や、それらの統合体である「意識」にアプローチする手がかりを得ることを、プロジェクトの目的としました。もちろん、「意識」という脳科学にとって最も困難な対象にいきなり取り組めるはずもなく、まずは個々の機能を視覚化することから始めました。

研究成果
 本稿では、辻グループと宮谷グループの研究成果について、かいつまんで報告します。


図1 fMRI装置と計測した脳画像
被験者は中央の検査台に横たわり、装置の開口部に頭部を入れます。そして、筋肉を収縮させて電気信号を発生し、スクリーン上に映された仮想的な手を動かすことができます。右下の図はその際に計測された脳の活動状態を表しています。
[辻グループ]
人間が体を動かそうとすると、脳からの命令が筋肉に送られ、この命令に応じて筋肉が力を発生します。このとき、筋肉からは微小な電気信号(筋電位信号)が発生します。fMRI実験中にこの信号を計測することができれば、脳機能と筋肉の電気活動の関係を解析することが可能となります。ところが、fMRI実験中は非常に強力な磁場が発生するため、金属製の計測機器等を持ち込むことはできません。そこで、私達はfMRI実験中に筋電位信号を計測できる実験システムを開発するとともに、筋電位信号で操作可能なバーチャル義手システムの実現に世界ではじめて成功しました(図1)。これにより、人間の運動と脳活動との対応関係だけでなく、上肢の一部を切断された方の義手操作時の脳機能やその時間的な変化を定量的に調べることが可能になりました。

 

図2 記憶作業中の脳の活動
文字と位置を別々に覚える課題(左側)では活性化領域(赤・黄で示される)が左右の頭頂部に限定されていたのに対し、両者を組み合わせて覚える課題(右側)では、同領域に加えて、右前頭回領域での活性化が観察されました。
[宮谷グループ]
脳は、外界から入ってくる情報の様々な側面(視覚でいえば、色、形、位置など)を別々な領域で独立に処理しています。一つのまとまった対象を意識するためには、これら個々の情報を一つに結合する必要があります。図2は、文字とそれが提示されたスクリーン内の位置をしばらく覚えておかなければならない状況で、文字と位置を別々に記憶する時と、両者を組み合わせて記憶する時の、脳の活動の違いを表しています。このような単純な課題でもこれだけ脳の活動の仕方が異なるのですから、異なる感覚情報(例えば視覚と聴覚)の結合、知覚情報と運動情報の結合など、われわれが特に気づくことなく日常的に行っている種々の結合を脳が一体どのように実現しているのか、興味はつきません。それらを系統的に調べることが、「意識」へ近づく道の一つになるのではないかと期待されます。


今後への期待
 正直なところ、二年間という短い期間で、四領域の研究成果を総合して考察するところまでは至っていません。しかし、このプロジェクトで得られた成果を基礎として、心や意識の仕組みを理解すること、心の病気、あるいは脳損傷や四肢切断による機能損失の評価や補償の方法を考案することなどに、今後少しでも貢献できればと考えています。
 最後になりましたが、ご協力いただいたリハビリテーションセンターの丸石正治先生はじめスタッフの皆様に、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

(注)fMRI:Functional Magnetic Resonance Imaging(機能的MRI、MRIは磁気共鳴画像法)「磁気共鳴」という現象を利用して脳内の局所的な血流量の変化を測定し、活性化した脳部位のマッピングを行う方法。


広大フォーラム2004年10月号 目次に戻る