PHOTO ESSAY -77-  筋肉に夢みる



筋肉の個性
The Personality of Muscles
文/写真・和田 正信

( WADA, Masanobu )
総合科学部行動科学講座教授

写真1 赤筋と白筋 ネズミの筋肉を取り出してみると、右のように赤っぽくみえるもの(赤筋)と、左のようには白っぽくみえるもの(白筋)があります。赤筋は遅筋線維を、それに対して白筋は速筋線維を多く含んでいます。

写真4 プロジェクト・マッスル−挑戦者たち− 筆者左端。顔かたちや性格が人によって異なるように、筋肉の性質にも個性があります。私の筋肉も強烈な個性を持っていました。

写真2 短距離選手の筋肉 
100m走で10秒3の記録を持つ選手の太ももの筋肉の顕微鏡写真です。黒くみえるのが速筋線維、白くみえるのが遅筋線維です。多くの人では筋肉に含まれる両線維の割合はほぼ半々ですが、優秀な短距離選手では速筋線維の割合が極端に高いことに特徴があります。
 4年に一度のオリンピックが8月29日に幕を閉じました。オリンピックの華は、何といっても色あざやかなトラックを選手が豹のように駆け抜ける陸上競技です。この競技を見るたびに、「100m走とマラソンの両方で優勝するような超スーパースターが現れたら、大会が一層盛り上がるだろうな」と思います。いつの日か、本当にそんな選手が出現するのでしょうか。
 陸上競技でよい成績を収めるためには、優れた運動能力を身につけることが求められます。運動能力を決定する大きな要素は筋肉の特性です。筋肉は、直径が1mmの20分の1ほどの細長い細胞が束になってできており、この細胞は「筋線維」と呼ばれています。人間の筋線維は、収縮の特性から「速筋線維」と「遅筋線維」の2種類に分けることができます。速筋線維はその名の通り素早く収縮することができ、遅筋線維の約3倍の速度で縮みます。しかし、その状態を長く継続することはできず、疲れてすぐに収縮を停止してしまいます。一方、遅筋線維は収縮速度は遅いのですが、疲労しにくく長時間粘り強く収縮を続けることができます。
 人間の筋肉は速筋線維か遅筋線維のどちらかだけでできているわけではなく、必ず両方がモザイク様に混在しています。しかし、その割合(筋線維組成)には大きな個人差があり、速筋線維が90%以上を占めている人もいれば、逆に遅筋線維が大部分を占めている人もいます。それぞれの線維の特性から、速筋線維を多く含む筋を持っていれば100m走に、逆に遅筋線維を多く含む筋を持っていればマラソンに有利に働くことは容易に想像できます。実際、国際級の短距離選手や長距離選手の脚の筋肉を調べてみると、予想した通りになっているのです(写真2、3)。ところが、筋線維組成は生まれつきで、トレーニングなどを行っても変化しません。したがって、私が夢みたスーパースターは、残念ながら現れることはないようです。
 筋線維組成は後天的には変化しないのですが、ウエイトリフターの隆々とした筋肉や、骨折などをして長く動かさなかった結果、やせ細ってしまった筋肉にみられるように、筋肉の他の特質は大きく変わります。私たちは、そんな筋肉のなぞに取り組んでいます。

 研究室のホームページ 
http://home.hiroshima-u.ac.jp/wada/index.htm

写真3 マラソン選手の筋肉 
マラソンで2時間13分の記録を持つ選手の筋肉の写真です。短距離選手とは逆に、持久力が必要とされる競技の選手は、遅筋線維の割合が高い筋肉を持っています。


広大フォーラム2004年10月号 目次に戻る