広島大学における学術情報基盤の整備 文・諸富 秀人
( MOROTOMI, Hideto )
図書館部
学術情報基盤整備グループ副課長


図1 購入図書冊数等の推移(冊、誌)H16、H17は推計

図2 資料費の推移(千円)H16、H17は推計

図3 電子ジャーナル利用統計(件)

図4 外国雑誌に係る経費比較(千円)
 広島大学は、平成16年4月1日をもって国立大学法人となり、従来の運営組織や予算のあり方が根本的に変わりました。実際、各部局に予算配分額が提示されるとハチの巣をつついたような騒ぎになったことは記憶に新しいところです。多くの教員や講座から、「予算がないので雑誌の支払いができない、なんとかして欲しい」という要望が図書館の担当部署に次々と寄せられ、その対応に追われる毎日でした。これは、図書館サービスにも深刻な状況をもたらしました。結局、購読契約や支払い処理に支障が出てしまいました。では、なぜこのような事態になったのでしょうか。本学では、法人化に備え運営組織を抜本的に改革するため、「ありたい姿」を検討し、その集大成として平成十六年三月に「国立大学法人広島大学設立構想」がまとめられました。その中で予算配分の基本方針も記述されています。具体的な額が実際に配分されるまで「前年度並み」という言葉になんとなく期待半分で安心していたのかもしれません。

本学における学術情報基盤整備の現状
 従来、学生用の学習用資料や全学共同利用的資料は図書館が、研究用資料は講座等がそれぞれ分担して本学における学術情報基盤を整備してきました。平成十六年十月現在における教員研究費による図書の購入状況を見ると、昨年同期比の冊数で約六十%、金額で約五十%がそれぞれ減少しています。また、平成十七年度の外国雑誌購読予約誌数は本年度比で約四十%の減少となっています。教員研究費では雑誌が買えない、さらに図書も買えないという事態に立ち至っている事実が如実にあらわれていると言えましょう。このことは、本学の学術情報基盤の整備において、ゆゆしき状況にあると言わざるを得ません。本学の目標とする「世界トップレベルの特色ある総合研究大学」の達成に大きな影を落としかねません。図1は、平成十一年度から十五年度の購入実績及び十月現在の本年度の購入状況から推定した十六年度、十七年度の推計値を表したものです。図2は、平成十一年度から十五年度の各項目別の決算額及び十六年度、十七年度の推計値を表したものです。電子ジャーナル経費を除き、いずれも平成十六年度以降急減しています。

学術雑誌と電子ジャーナル
 大学における教育・研究には、外国雑誌等の学術情報の収集・整備が必須です。ところが、外国雑誌は大手商業出版社による寡占が進み、近年、価格が高騰し続けています。このため、外国雑誌の部局負担額が急増し、外国雑誌購入誌数を減らすことで対応を強いられてきました。本学では、平成十一年〜十六年の六年間で約千六百三十誌減少してしまいました。
 一方、ITの急速な進歩は学術情報源の急速な電子化の進展を促し、価格高騰と歩調を合わせるように雑誌の電子化が急速に進行しています。また、最近では大手商業出版社による学術情報源の寡占化に対抗して、SPARCやオープン・アクセス・ジャーナルなど新しい学術コミュニケーションの活動が注目されつつあります。
 本学図書館では、一九九七年のIOP(英国物理学会)の電子ジャーナル導入を契機として、可能な限り学内利用者に電子ジャーナルを提供してきました。今や、図書館ホームページからアクセスできる電子ジャーナルは八千誌を超え、世界の主要な雑誌のほとんどを網羅するまでになりました。図3は、ある出版社の電子ジャーナル論文をダウンロードした件数を表したもので、年を追って確実に増加していることがわかります。
 今、本学構成員の誰もが電子ジャーナルを利用できますので、一見、無料で利用できるものと思われがちです。しかし、それは図書館や講座等で冊子体を購読していたり、全学共通経費で電子ジャーナル利用料を負担しているからです。現在享受している学術情報を将来にわたって確実なものにするには、広島大学における教育・研究に不可欠なものであるとの共通理解・共通認識に基づく予算基盤の確立が必須です。
 パッケージ系電子ジャーナルは、本学の過去数年間における冊子体購読実績額に基づいて出版社毎に算出され、それぞれパッケージ単位の価格で販売されるという特徴をもっています。出版社は、冊子体及び電子ジャーナル全体の売り上げを落とさないために、冊子体の購読中止による売り上げの減少を、電子ジャーナルの利用料に上乗せするシステムにしています。卵が先か鶏が先かの論ではありませんが、冊子体価格の高騰→冊子体の購読中止→電子ジャーナル利用経費の増大、という悪循環になり、最悪の場合、学術情報基盤の崩壊をもたらす、これがシリアルズ・クライシスと呼ばれる状況です。この状況に対応するため、国立大学図書館協会ではコンソーシアム(共同購入体制)を形成し、そのスケールメリットを生かした強力な交渉力・購買力を担保として、少しでも安価で有利な条件で購読できるよう出版社と交渉しています。本学図書館もこれに参加していて、さらに独自の交渉を行い、より安価で安定的な供給に努力しています。

平成十七年度以降の学術情報基盤整備
 本学図書館は、平成13年8月に「電子図書館機能の拡充・整備について―広島大学学術情報基盤の崩壊をさけるために―」を刊行し、基幹外国雑誌購読システム等の見直しを提言しました。さらに、図書館運営委員会に外国雑誌等検討専門委員会を設置し、コアジャーナルの確保策、二次情報データベース及び電子ジャーナルの導入強化策等を検討し、着実な整備を進めてきました。平成十六年四月以降は、図書館運営戦略会議において、本学の教育研究の維持・向上を図るため、学術情報コンテンツ水準の維持と大学予算の効率的運用を計るための抜本的見直し策として「平成十七年度以降の本学における学術情報コンテンツの安定的供給基本方針」を策定し、役員会等の承認を得て実施する運びとなりました。
 この基本方針は、全分野を網羅した全学共同利用可能なパッケージ系電子ジャーナルをこれまでの冊子を主体とした契約から、電子ジャーナルを主体とした契約に切り替え、その経費を全学共通的経費とするものです。これにより、冊子の購読・非購読に関係なく電子ジャーナル約四千誌の学術情報を安定的に供給する仕組みが確立されました。従って、当該出版社の冊子体の雑誌を購読する必要は無く、これまで冊子体購読に費やしていた教員研究費の総額で約一億円が節約でき、その経費を研究図書の購入に充てることが可能となりました。また、従来方式の冊子を主体とした契約に比べ、電子ジャーナルを含めた広島大学全体の外国雑誌経費を約四千万円効率化できることになりました。図4は、電子ジャーナルの契約方法の違いによる大学全体の外国雑誌経費を十六年度と十七年度で比較したものです。
 一方、全学共同利用という上記基本方針に合致しない特定分野、あるいは特定の研究者の研究にとっては不可欠な学術情報も「総合研究大学」たる本学にとって重要なものです。これらについては受益者負担が原則となっていて、現時点での全学共通的経費化は困難です。とはいえ、受益者負担が困難な高額学術情報を本学に必須の学術情報基盤として整備するための方策の策定、また、研究用図書を含めた共同利用資料の選定システム及び評価システムの構築が当面の重要課題です。来年度以降、毎年一%の効率化減が課せられ、大学予算の一層の効率的運用が求められることは必定です。本学における学術情報基盤整備に係る予算についても、一元的に管理運用するための全く新たな発想によるシステム構築が必要になってきます。


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