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  粘情動制御の
脳内メカニズム解明へ
 
文・山脇 成人

( YAMAWAKI, Shigeto )
大学院医歯薬学総合研究科
先進医療開発科学講座教授


図1 磁気共鳴画像解析装置(fMRI)

図2 短期報酬予測(右図左半分)と長期報酬予測(右図右半分)に関与する神経回路

図3 快の予測時の脳活動(左)と不快の予測時の脳活動(右) 
 脳機能画像解析装置を用いて、将来の報酬予測、快・不快の情動予測という観点から情動制御の脳内機構の解明を試み、Nature Neuroscience誌などに掲載された研究成果を紹介します。目先の小さな報酬を選択する短期報酬予測と将来の大きな報酬を選択する長期報酬予測の条件では異なる神経回路が活動します。また、快の予測には左の、不快の予測には右の前頭前野が関与しており、うつ病では左前頭前野(快の予測)機能が低下し、悲観的思考となることが推測されました。

 近年の経済不況とグローバル化、情報化はストレスを増大させ、キレる若者や衝動的犯罪の報道が増加する一方で、中高年ではうつ病が急増し年間自殺者が三万人を超えるなど深刻な事態に至っています。本稿では、厚生労働科学研究費およびJST戦略的基礎研究事業(CREST)により情動制御に関する脳機能解明を目的としてfMRI(図1)を用いた脳機能解析研究の成果をまとめます。
 ヒトは様々な行動学習(知)とそれに伴う快・不快の情動体験(情)を基に、将来に得られる報酬を予測しながらより多くの報酬を得られるように意思決定(意)を行っています。このような学習モデルは「強化学習理論」として心理学やロボット工学で広く応用されてきました。最近の研究では、ヒトや動物が未知の環境で多様な行動を学習するには、学習の進め方自体を学習する「メタ学習」の機構が不可欠であり、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経修飾物質系がメタ学習に関与することが指摘されています。
 我々は短期・長期報酬予測課題を用いた脳機能解析の結果、目先の小さな報酬を選択する短期予測時には、情動機能に関連するとされる前頭前野下部―線条体・島皮質下部を通る神経回路が活性化されますが、将来の大きな報酬を選択する長期予測時には、より高次な認知的機能に関連する前頭前野上部―頭頂葉―線条体・島皮質下部を通る神経回路が活性化され、さらにセロトニン神経核である縫線核も活性化されることから、セロトニンが長期予測機能に関与することを報告しました(図2)。うつ病や拒食・過食を繰り返す摂食障害では、脳内セロトニン濃度が低下していることから、長期予測機能が障害されるため、将来展望が持てず、目先のことにとらわれ、短絡的行動をとると推測されました(1)
 さらに、快・不快を誘発する視覚情動刺激写真(International Affective Picture System:IAPS)を用いて、予告信号として○が出ると四秒後に快の写真が、□が出ると不快の写真が呈示される課題を遂行中の脳活動を測定しました。その結果、図3に示すように、快の予測時には左の前頭前野が、不快の予測時には右の前頭前野が活性化されることが判明しました(2)。また、うつ病では左の前頭前野(快の予測)機能が低下していることから(3)、相対的に不快の予測が優位となり悲観的思考が引き起こされると推測されました。
 これらの成果は、情動制御の脳内機構の解明のみならず、セロトニン機能低下の存在するうつ病や摂食障害などの病態解明や治療法の開発に大きく貢献することが期待されます。


(1)Tanaka C, Doya K, Okada G, Ueda K, Okamoto Y, Yamawaki S :Prediction of immediate and future rewards differentially recruits cortico-basal ganglia loops. Nature Neuroscience 7:887-893, 2004.
(2)Ueda K, Okamoto Y, Okada G, Yamashita H, Hori T, Yamawaki S : Brain activity during expectancy of emotional stimuli: an fMRI study. NeuroReport 14: 51-55, 2003.
(3)Okada G, Okamoto Y, Morinobu S, Yamawaki S, Yokota N : Attenuated left prefrontal activation during a verbal fluency task in patients with depression. Neuropsychobiology 47: 21-26, 2003.

研究室ホームページ
http://home.hiroshima-u.ac.jp/seisin/

  PROFILE
1979年 広島大学医学部医学科卒業
1981年 国立呉病院精神科医師
1982年 ワシントン大学医学部留学
(科学技術庁在外研究員)
1989年 国立呉病院精神科医長
1990年 広島大学医学部教授
2002年 広島大学大学院医歯薬総合研究科教授
専門分野: 精神医学、精神薬理学


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