PHOTO ESSAY -78-  ウナギからヒトを見る




ウナギの延髄の舌咽・迷走複合核(GVC;ウナギでは舌咽神経核と迷走神経運動核が分かれていないのでその複合体と呼んでいます)紫色が神経細胞体を示し、緑色が神経線維を示しています。

研究室の面々(筆者前列右側)


視索前核大細胞(左)と最後野(右)の血中エバンスブルーで染まる神経細胞(BとFの赤い蛍光)それぞれバソトシン(C)とチロシンハイドロキシラーゼ(ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンを合成する酵素)の抗体で染まります。DとHは上の結果をまとめたもので、黄色の細胞はエバンスブルーと抗体の両方で染まることを、赤はエバンスブルーだけ、緑は抗体にだけ染まることを示しています。
舌咽・迷走複合核の神経活動(アドレナリン(AD)やノルアドレナリン(NA)ドパミン(DA)によって抑えられます)薬物はそれぞれ記録電極の近傍に電気泳動的(局部的)に与えています。
ウナギの脳(上が背面、下が腹面)ウナギの腹腔内にエバンスブルーを注射すると、血液脳関門のルーズな脳部位が青色に染まります(E,松果体;AP,最後野;PM,視索前核大細胞;Pit,下垂体;SV,血管嚢)。
飲水行動の調節機構を探る
Regulation of Swallowing Water: The Eel as a Model System
文/写真・安藤 正昭

( ANDOU, Masaaki )
総合科学部行動科学講座教授
 生物は水がなければ生きてゆけません。陸上にすむ動物は水を飲みますが、我々の飲水行動には多数の筋肉とそれを調節する神経が関わって非常に複雑になっています。例えば、うがいをする姿勢では飲水はとても困難です。我々の用いている海水ウナギも、海水を飲まなければ生きてはゆけないのですが、水中にすんで、呼吸のために絶えず口腔内に水があるので、上部食道括約筋(注1)が緩めば、水は食道から胃へと流れてゆきます。この上部食道括約筋は延髄の舌咽・迷走複合核(注2)の支配下にあり、アセチルコリンが神経伝達物質として使われています。アセチルコリンは上部食道括約筋を強く収縮させるので、舌咽・迷走複合核は絶えず括約筋を収縮させ、水が食道に入らないようにしていると考えられます。上位の脳からアドレナリンなどの神経伝達物質が作用すると、この複合核の活動は抑えられ、水は食道に入ると思われます。アドレナリンがどこから来るかですが、最後野(注3)を候補の一つに考えています。この部位は血中ホルモンを受容して飲水量を変化させる必要条件を満たしているからです。ちなみにウナギも我々と同様、血中アンギオテンシン(注4)IIによって多くの水を飲み、心房性(注5)ナトリウム利尿ペプチドやグレリン(注6)によって飲水は抑えられます。このようにウナギは、我々の飲水行動を理解するのに非常に適したモデル動物だと考えられます。現在、1)舌咽・迷走複合核へ入力する神経の同定を行い、2)複合核から上部食道括約筋への出力線維の同定、さらに3)上部食道括約筋での収縮・弛緩の調節機構を調べています。また最後野や視索前核大細胞(注7)へのホルモンの作用も調べており、近い将来、脳へのインプットからアウトプットまでの神経回路が見えるのではないかと夢を膨らませています。

研究室のホームページ http://home.hiroshima-u.ac.jp/mando/mando.htm

(注1)括約筋:管状の構造を閉鎖する筋肉のことで、膀胱括約筋はヒトが尿を我慢するときに働く。ここでは、食道の入口を閉めて水が入らなくする輪状の筋肉のこと。
(注2)舌咽・迷走複合核:ヒトの延髄にある舌咽神経核と迷走神経核のこと。ウナギではこの両者は分かれていないのでこのように呼ぶ。
(注3)最後野:ヒトでは第4脳室に接してあり、嘔吐に関係するといわれている延髄の神経核。
(注4)アンギオテンシン:出血など血液量が低下したときに、レニンという酵素で作られる血中のホルモン。強く飲水を引き起こすことが知られている。
(注5)心房性:ANPというペプチドホルモンが心房(心臓の一部)で作られて、Na+を大量に含む尿を出させる作用があるのでこの名がある。
(注6)グレリン:胃で合成されるペプチドで、食欲増進、成長ホルモンの放出を高める効果が報告されている。胃が小さくなったときに合成と分泌が促進される。
(注7)視索前核大細胞:視床下部の神経核である視索前核には小型の細胞と大型の細胞があり、大型の細胞のこと。視索とは視神経のことで視床下部の腹側で左右交差している。


広大フォーラム2004年12月号 目次に戻る