本年度も多くの卒業生・修了生が広島大学を巣立っていきます。本号では、学部・研究科ごとに半ページを用意し、それぞれ若干名の方々に、在学中印象に残ったことや広島大学と後輩に向けたメッセージを執筆していただきました。このような残す言葉と送る言葉を並べていきますと、自ずから広大の今の姿が浮かび上がってきます。自分も広島大学の構成員の一人だったのだという気持ちを忘れずに、卒業生・修了生の皆さんが新たな場においてご活躍されることを、心から願っております。

広島大学長
牟 田 泰 三
 アイデンティティ(identity)は「独自性」とか「自己認識」と訳されていますが、要するに、他者とは違う独自の性質、自分を他者とは違うものと考える明確な意識のことです。従って、広島大学のアイデンティティとは、広島大学が他の大学と明確に区別される独自の個性だと言うことができます。
 近年、企業などでその独自性を打ち出すために、コーポレート・アイデンティティ(CI)の論議が盛んになされています。この考え方を大学に適用したのがユニバーシティ・アイデンティティ(UI)です。広島大学では、本学の特性を明確にして、外部の人々に広島大学を強く印象づける必要性を認め、UI戦略を推し進めるためにUI戦略検討チームを編成しました。UI戦略検討チームでは、広島大学の独自性とは何かを客観的な調査に基づいて見つめ直すとともに、広島大学が如何にあるべきか、どうあってほしいかを調べ、外部に対してどのような訴えかけをしていくのが効果的であるかを検討しています。なぜこのような活動を始めたのかを以下で説明しましょう。
 「広島大学の実力」を客観的に知りたいと考えて、研究面での実績を統計データに基づいて調べると、科学研究費獲得数、論文発表数、特許取得率などでは全て一桁台の順位に入っています。要するに、広島大学は研究実績面ではトップテンに入っていると言えます。ところが「それなのに広大はあまり知られていない」という現実もあります。例えば、大学ランキングの本などを見ると、確かに研究面ではトップテンの中ですが、企業の役員によるアンケート結果とか高校の先生や受験生のアンケート結果を見ると、二桁台の半ばで、相当に知名度が低く且つ評価も低いと認識せざるを得ません。
 研究面でこれだけ高い実力を備えているにも拘わらず、知名度が低く且つ評価も低いというのはどういうことでしょうか。一つは単に知られていないということだと思われます。即ち、首都圏や関西圏の大学に比べて地方の大学はどうしても不利になるということはあるでしょう。もっと宣伝して知ってもらう必要があります。もう一つは、企業などで卒業生がそれほど目立っていないということもあると思われます。広大の卒業生は割合地味で目立たないのです。目立たないけれども実際仕事をやらせれば実力があるのです。地味で目立たない、誠実である、というのは決して悪いことではありません。これ自体は誇るに足ることです。問題は、実力で目にもの見せるというところで、ここが極めて大切です。それで長期戦略として、卒業生が社会のニーズに合った高い学力を備えていて、人格や行動力においても「いかにも広大卒だ」と思われるような教育体制を整えることが重要だと考えられます。このための教育改革は現在進められているところです。
 他方、先ほどの「単に知られていない」という問題への対応は、短期的な戦略として、できるだけ知ってもらうための広報活動を推進する必要があります。これがUI戦略検討チームを発足させた理由です。検討の結果をもとに、広島大学のアイデンティティを明確にし、本学をより良く知って貰う活動を進めたいと思っています。この広報活動によって「広大ブランド」を確立することができるでしょう。広島大学の現在のアイデンティティは、多くの先輩達の努力によって形成されてきました。これに新たなアイデンティティを加えていくのは卒業生の皆さんです。皆さんは社会に出れば、当然のことながら、広島大学卒業生として認識されます。皆さんが社会でどのように振る舞い、どのような活動をするかが、全て広島大学への評価として跳ね返り、それが結果的には広島大学のアイデンティティ形成にと結びつくのです。
 卒業生・修了生の皆さんの健闘を心から願っています。


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