大学院文学研究科
大学院教育学研究科
大学院社会科学研究科
大学院理学研究科
大学院先端物質科学研究科
大学院医学系研究科
大学院歯学研究科
大学院保健学研究科
大学院工学研究科
大学院生物圏科学研究科
大学院医歯薬学総合研究科
大学院国際協力研究科

大学院文学研究科
考えるということ

ゼミナールを終えて山内廣隆先生(右端)と(筆者中央)
 人文学専攻思想文化学分野 博士課程後期
 村 下 邦 昭(むらした くにあき)

 私は西洋哲学(ドイツ観念論)の研究をしてきました。哲学は何も難しい学問ではありません。何故、世界が存在するのか。私って何だろう。誰でも一度はふと思うようなことを哲学は突き詰めて考えているのです。人は常に何かを考えています。今日の晩御飯の献立、好きな人のこと、いろんなことを考えています。その考えるということに終わりはありません。だから、哲学は欧米だけでも二千年以上、続けられているのです。とある作家はこう書いています。「何でもいい、立ちどまってながめ、なぜだろうと考える。何であってもいい。そしてときにはそこから学ぶ」。「考える」ということを常に持つことが、多分人生には大切なことでしょう。


経験の積み重ね

調査のひとこま(筆者中央)
 人文学専攻地表圏システム学分野 博士課程前期
 吉 川 裕 幸(よしかわ ひろゆき)

 「光陰矢の如し」とはよくいったもので、この広島大学での六年間はあっという間にすぎてしまいました。六年の間には専攻の考古学や部活動をはじめ様々な経験をしてきました。自分の人生の中で転機だと思えるようなものから、些細なものまで数多くの出来事がありましたが、それらの経験全ての積み重ねが今の自分であると思っています。
 皆さんも大学生活の中で色々なことを経験すると思います。中には忘れてしまいたいというものもあるでしょう。しかし、それら全ての積み重ねの結果として今の自分がいると考えると、そうした経験も含めて充実した大学生活と思えるのではないでしょうか?少なくとも僕の場合はそうであったと思っています。

大学院教育学研究科
私の出会ったもの
―広大での二年間を振り返って―


研究室の仲間と
(筆者前列左から3人目)
 学習科学専攻 博士課程前期
 山 田 昌 代(やまだ まさよ)

 七階の研究室からみえる青空は近く、広がる山々は本当に美しいものがあります。入学式、バスを降りて目の前に見えた「広島大学」の文字に、高まる気持ちを抑えたことを懐かしく感じております。教育現場に役立つ研究を行いたいと思い入学しましたが、緻密さとは程遠い私にとって、まさに自分自身との闘いでもありました。しかし心の支えになったのが出会った人々でした。指導教官であり、研究室やアルバイト先で出会った仲間達です。指導教官からは研究を楽しむ心を、家族を愛する大切さを。仲間達からは、息抜きする楽しみを、自分の持ち味を活かす心を教えてもらったように感じます。仲間や指導教官とともに培ってきた研究心は一生の宝物であり、これからの自分の人生に役立つものだと感じております。諸先生方をはじめ皆様、ありがとうございました。


研究室とタバコと私

友人との至福のひととき
(≧◇≦)(筆者右)
 言語文化教育学専攻 博士課程前期
 川 津 崇 志(かわづ たかし)

 いよいよ私にも広島大学を去る時がやってきました。二年前、学部を卒業した時とはまた違った「別れ」を実感させられ、知らず涙を流している自分がいます。
 ひたすらに楽しかった学部時代に比べ、修士の二年間は本当に信じられないほど辛く苦しい、まさに研究に明け暮れた毎日でした。しかしこの博士課程前期を乗り切ったことは私にとって大きな自信になりました。これも指導してくださった先生方、苦楽をともにした研究室のメンバー、学部時代からの大切な友人たち、そして何より家族の支えがあったからこそだと思っています。本当にありがとうございました。
 最後に在学生のみなさんへ。別れは辛いものです。その別れを悔いのないものにするように、 与えられた時間を一秒もムダにせず楽しんでください。みなさんのご活躍を心よりお祈りしています。

大学院社会科学研究科
修了を迎えるにあたって

研究室の仲間と(筆者右端)
 法律学専攻 博士課程前期
 芦 田 真知子(あしだ まちこ)

 私の院生生活は、長いようで振り返ってみるとあっという間でした。
 私の専攻する家族法は、家族をめぐる法律関係を研究する法分野ですが、私はその中でも親子関係を中心に研究を続けてきました。大学院は、社会経験を経た方が多いこともあり、それぞれの経験に基づく多様な観点からの意見に触れることができる場所です。私自身、家族という身近な問題を研究していくうえで多くの示唆を得ることができました。この院生生活は、私にとって本当に貴重な時間であったと思います。
 この度、たくさんの方々に支えられて修了を迎えることができました。指導していただいた神谷先生をはじめ諸先生方、学問を含め様々な問題を共に考え議論した大学院のみなさん、本当にありがとうございました。修了後は就職の道を選びましたが、ここで学んだことを活かしてさらなる目標に挑戦していきたいと思います。


留学生活を締めくくる充実した大学院研究生活

研究資料に埋もれたアパートの自室にて
 経済学専攻 博士課程後期
 張  楓(チョウ フウ)

 博士課程前期・後期計六年間にわたって、充実した教育環境の中で、近代日本経済史の研究に取り組んできました。今から振り返ってみると、海の向こう側にある豊かな社会と強い経済力を有する日本に憧れと夢を胸に抱きながら、十余年前に中国から来日しました。その後、日本社会についての学習を積み重ねていくうちに、明治・大正期における日本社会のダイナミックな変化に魅せられて、近代日本経済史の研究を始めました。それからの六年間の大学院研究生活においては、資料の調査・分析をはじめ、先行研究の整理、論文の執筆に至るまでの作業を、指導教官の坂根嘉弘先生の丁寧なご指導で幾度も繰り返してきました。その度ごと、苦しみながら得た得難き経験が、今後、研究者として歩み続けていきたい自分にとっての最大の糧となると確信しています。
(原文・日本語)

大学院理学研究科
大学生活を振り返って

硬式テニスサークル「ファインショット」OB合宿にて(筆者左から2列目中段)
 数理分子生命理学専攻 博士課程前期
 田 丸 美 雪(たまる みゆき)

 私は学部生として四年間、大学院生として二年間、この広島大学で過ごしてきました。六年という月日を振り返ると様々なことが思い出され、勉強やサークル活動など、そのすべてが私にとって貴重な体験でした。
 学部生時代は「ファインショット」というテニスサークルに所属していました。ただ上手になりたいという一心で、夏の陽が照っている日でも、冬の寒い日でも一生懸命練習しました。その中で何人ものかけがえのない友人ができ、皆でサークルを盛り上げていきました。大会などでは成績を残すことができませんでしたが、自分が上手くなった事を実感できた時の喜びや、数々の年中イベント、合宿生活そのものなどとても楽しいものでした。
 大学院生時代は、磁場効果について研究しました。磁場とは本当に不思議なもので、トマトが宙に浮いたり、水がひとりでに動いたりと様々な信じられない現象を生み出すことができるのです。そのような事象について研究できたということはとても貴重な体験でした。一般的に化学反応や生体反応において、外からの制御因子は温度と圧力以外はあまり知られてはいません。そこに磁場という因子が加わった新しい分野がこれからもいっそう広がることを期待しています。
 研究室のメンバーで参加したイベント等も良い思い出です。特に、年に二回のソフトボール大会ではOBのメンバーも交えて皆で一致団結し、楽しむことができました。私の在籍中では一度だけですが優勝できたこともあり、とても良い思い出となりました。
 最後に、この六年間、私を支えてくださった先生や友人、そして両親に深く感謝します。そして在学中の皆様に一言。長くもあり短くもある大学生活を、生かすも殺すも自分次第です。人と人とのつながりを大事に、残りの大学生活を楽しんでもらいたいと思います。

大学院先端物質科学研究科
さよならモラトリアム

新潟県関川村にて
(水泳指導をした小学生と)
 量子物質科学専攻 博士課程前期
 拝 崎 幸 雄(はいざき ゆきお)

 広島大学での六年間。研究、授業、水泳部での活動などを通して様々な事を学びました。そして今思うことは、まだまだ勉強不足だということです(特に、物理に関して)。学部生時代の勉強不足を、大学院で嫌というほど実感しました。基礎基本の大切さは、学業においても水泳においても遍く変わらないものでした。そのことが大学院生になってやっと分かったのです。しかし、こんな私でも研究生活において世界最先端の物理を肌で感じ、その研究の一端を担うことが出来たことを誇りに思っています。教育学部だった私を学部四年の卒業研究の段階から受け入れてくださり、また大学院でもご指導してくださった高畠教授と研究室の皆様に心から感謝しています。「覚悟はできた。さよならモラトリアム!」


大学院生活を振り返って

研究室の仲間たちと(筆者中央)
 分子生命機能科学専攻 博士課程後期
 下 城 麻衣子(したしろ まいこ)

 「もっと研究がしたい!」そう思って大学院に進学して、はや五年が経とうとしています。研究に対するさらなる好奇心が発端となって始まった大学院生活ですが、研究の進め方や考え方について悩んだり、思うように結果が出ないなど、壁に直面することがたくさんありました。しかし、指導教授をはじめ多くの先生方のご指導に支えられ、そして共に学び研究に励む仲間たちがいてくれたからこそ、試行錯誤しながらも乗り越えてこられたのだと思います。日夜地道な研究生活を送る中で、学会への参加は幅広い視野を持ち、違った視点から物事をみつめ考えることができる絶好の機会でした。大学院では様々な経験を積み、私なりに成長できたのではないかと思います。五年間の辛くとも楽しく充実した大学院生活は、私の中でかけがえのない財産となりました。

大学院医学系研究科
修了と私のアイデンティティー確立

研究室にて(筆者前列左端)
 生理系専攻 博士課程
 井 原 基 公(いはら もとまさ)

 広島は野球だけではなくサッカー、バレーボールのプロチームまで存在する都市です。生まれも育ちも広島である私は地元チームを応援していますが、これらのチームはヤンキースやレアル・マドリードのように世界に通用するでしょうか?同様に広島大学はどうでしょうか?広島の中では競争相手がいないため、県外から見たら全体的に見て向上心が強くないとよく言われます。
 私が大学院に入学した理由の一つに、自分を見つめ直したいという気持ちもありました。大学院生活はとても充実していましたし、何よりこの四年間で何か一つ光るものを見つけることができたと思います。所属した研究室は常に世界で通用することを意識していましたので、私も自然に外を見て自分自身を把握しようとしていました。これまで自分と広島自体をダブらせて見つめていた自分がいましたが、大学院生活でその殻を破ることができたと思います。ありがとう広大。がんばれ広大!


大学院修了に当たって

医局にて(筆者後列左端)
 内科系専攻 博士課程
 堀 江 ノブコ(ほりえ のぶこ)

 二年間の内科ローテーション研修を終えて平成十三年に大学院(第三内科)に入学し、本年修了となりました。
 研究では、大脳体性感覚野での入出力と第一次運動野などの運動関連皮質での入出力が、相互作用を及ぼしている状態を脳磁図で評価証明する仕事に従事しました。脳神経の可塑性、神経回路の詳細な解明に繋がるこの研究に参加できたことを嬉しく思っています。
 神経内科の疾病は、脳血管障害からてんかん、脳炎、パーキンソン病、筋疾患など多岐にわたり、全身を診ながら急性期から慢性期まで対応することが必要ですが、元気になりたいという患者様の願いを受け止め工夫することが、治療法の開発、病態解明の研究が進む原動力だと思っています。
 今までに御指導賜りました脳神経内科の先生方、研修御指導賜りました先生方、御支援賜りました皆様に心より御礼を申し上げます。

大学院歯学研究科
大学院生活を振り返って

教室旅行にて
(筆者前列左から2人目)
 博士課程
 北 川 雅 恵(きたがわ まさえ)

 長いと思っていた大学院生活も、終わりが近づいてきました。はじめは基礎の研究室に入って大丈夫だろうかと不安を感じていました。しかし、研究は想像以上におもしろく、出た結果に対して次は何をしていけばいいか、自ら考え、さらに討論して深めていくことは学部生時代には味わえなかったワクワクする経験でした。また、国内外のたくさんの方々と出会うこともでき、充実した日々を送れたと大変満足しています。確かに、連日深夜の帰宅でつらいと思うこともありましたが、いつも院生達は一緒で、深夜の待ち時間に熱く語り合うこともあり、振り返るとそれもいい思い出です。そして何より、いつも支えてくださった教室内外の先生方、院生の先輩や後輩、かわいい学部の学生さん、そして家族に感謝しています。


大学院進学を選択して

医局の仲間と(筆者前列中央)
 博士課程
 本 川 雅 英(もとかわ まさひで)

 私は将来的には開業を考えていますが、自分の中で拠り所となる専門分野習得のため臨床系大学院への進学を選択しました。大学院で学部生時代と大きく異なると感じた点は個人の自主性が求められる点です。やりがいがある半面、失敗も多く挫折しそうな時もありました。そんな折、先輩や同期など多くの医局の方々のサポートにより一人では乗り越えられなかった壁を乗り越えることが出来たと思っています。また、私生活では周囲の大きな支援もあり、学生ながら結婚させていただき公私ともに充実した大学院生活を送ることができました。そして何よりも、私はこの四年間でかけがえのない人脈を築いていたことに気づきました。今後、この大学院で学び得た臨床的専門知識と研究によって培った考察力を糧にして、更なる精進を重ねていきたいと考えています。

大学院保健学研究科
思い出に残るアイルランド国際学会

アイルランドの学会にて
(筆者左端)
 保健学専攻 博士課程後期
 松 井 美 帆(まつい みほ)

 大学院進学のきっかけは、病院勤務をしていた時に久しぶりに会った友人の話を聞いたことが始まりでした。当時、病棟は重症患者を抱え人手も少ない中非常に忙しく、数ヶ月後に控えた大学院入試の準備もままならない状況でした。深夜明けの勤務後に面接試験を受け結果がわかった時には、看護師として三年間の臨床でしたが進学することにしました。それから早五年の月日が流れ、博士課程後期からは再び社会人としての両立生活が始まりました。県外からの通学は厳しい面もあり、研究が思うように進まないこともしばしばありました。
 三年目には博士課程の研究についてアイルランドで行われる国際看護学会で発表を行いました。この学会は当初先生と参加する予定で、質疑応答では助けていただくつもりでしたが、ご都合により出席されないということで結局心細くも一人参加となってしまいました。実際会場に着いてみると日本人の参加者はほとんど見当たらず、その思いは一層増すこととなりました。案の定、発表では質問がよく聞き取れず繰り返してもらう場面が生じました。幸い発表内容に対しては関心を持っていただけた部分もあり、終了後に良かったねと声をかけてくださる方もいたのは救いでした。そして、何人かの研究者の方と知り合いになることができました。
 森山研究室では諸外国の先生方の招聘や院生の海外留学などが活発に行われています。このような恵まれた環境により、これまで国際学会の座長を二回ほど務めさせていただきましたが、依然として語学力を磨くことは課題の一つといえます。どこまで身につくかは未知数ですが、来年度には海外派遣の機会も得たため、これを活かしてまた新たな出発点に立って今後も研究に邁進していきたいと思います。
 最後に、研究には厳しくとも夜遅くなると足のない院生達を車で送って下さるという立場が逆の面倒見の良い森山先生をはじめ諸先生方、職場の皆様、大学院生の仲間、家族とこれまで支えていただいた方々に深く感謝致します。

大学院工学研究科
修了生より

ゼミ旅行にて
(筆者中列右から2人目)
 機械システム工学専攻 博士課程前期
 小 川 敏 弘(おがわ としひろ)

 大学生活は長くて短いものです。だからこそ、皆さんには時間を有意義に使ってもらいたいと思います。
 そもそも六年間という歳月は、二十四歳の私にとって人生の四分の一に相当します。私自身、入学当時と比べると、ずいぶん変わってしまいました。嫌いだったパソコンが手放せなくなり、無関心だった自動車やカメラにも詳しくなりました。しかし、やり残したこともたくさんあります。あまり本を読まなかったし、海外旅行にも行きませんでした。そう考えると、大学生活はあっという間で、自分にとってはまだまだ足りなかったかもしれません。
 学生のうちに遊んでおくのも大切です。しかし、自分に投資する時間も必要だと思います。時間の使い方をよく考えて、一度きりの人生、大学生活をよいものにして欲しいです。


修了を前にして思うこと

研究室夏合宿にて(筆者左端)
 物質化学システム専攻 博士課程前期
 松 浦 嘉 宣(まつうら よしのぶ)

 早いもので西条での大学生活も六年が過ぎようとしています。この六年間、思い出すと色々な事がありました。勉強や音楽サークル、部活動など、様々なことを経験する事ができました。また、大学院に入ってからは、研究室の良き指導者と仲間や家族に恵まれ、充実した日々を送ることができました。
 大学生活を通じて学んだことは、慎重に吟味し問題意識をもって積極的に行動することです。研究では、テーマに沿って問題点を見つけ、それを解決するために最適なアプローチを考え実験をおこなう必要があります。この過程で、自分で考え積極的に行動していかないと問題は解決できないし、自分も成長しないと感じました。
 四月からは社会人として、これまでの経験を生かし、感謝の気持ちを忘れずがんばりたいと思います。

大学院生物圏科学研究科
百八十度の転換

研究室の南洋航海にて
(筆者前列右端)
 生物資源開発学専攻 博士課程前期
 伊 藤 翔太郎(いとう しょうたろう)

 学部で欧州の地域研究を専攻していた私が、生物圏科学研究科へ入学して早二年が経ちます。そんな私にとり、調査地である口永良部島での離島生活・航海・授業・研究会や学会、全てが目新しく、興味深く、次々と湧いてくる疑問と好奇心を満たしてくれるものでした。
 研究では、島に長期滞在し一日何時間も魚の行動を調査することは、予想以上に大変でしたが素晴らしい経験でした。また、研究室の先生方が身近であったこと、これまで周囲にいたのとは異なるタイプの人と知り合うことができたことなど、恵まれた大学院生活を過ごすことができました。幸い、修了後も県職員として水産の仕事に携わる機会を得ることができました。自分の関わり方で自分の選択に満足できるかが決まると思います。自分が満足できる道を選んだと思えるよう頑張りたいと思います。


修了にあたって

研究室のメンバーと
(筆者前列中央)
 環境循環系制御学専攻 博士課程後期
 赤 根 幸 子(あかね さちこ)

 広島大学大学院へ来てから五年。大勢の学生がいる研究室で長いようで短い学生生活を満喫してきました。ふと修了を目前にして立ち止まり、過去を振り返ってみると、「自ら学び、考え、打開していく楽しさ」も、「議論していく上で見つかる新たな道」も、その他数多くの事を当時の先輩方を始め先生方から学んできたことを実感します。まだ学び足りない事だらけではありますが、自分の中において「実り」を得られたのではないかと思います。それは励まし合った友であり、支えてくれた研究室の仲間であり、そして五年の間に自分が作り上げた全てであるのだと思います。後輩達に伝えるとしたらそれは一つ、「やらずに後悔するよりも、やって後悔すべし」のハングリー精神を持って多くの事にチャレンジし、幅広い知識に触れることができる、生涯に一度の学生という最高の時間を過ごして貰いたいと思います。

大学院医歯薬学総合研究科
在学生のみなさんへ

研究室旅行にて(筆者左端)
 薬学専攻 博士課程前期
 吉 政 輝 保(よしまさ てるやす)

 アメリカの対イラク戦争が開戦したころ入学して、いつのまにか大学院生活が終わろうとしています。この二年間は徹夜で実験をしたり、学会に行き発表を行うなど自分の研究テーマであるパーキンソン病発症に関わる神経毒について取り組みました。様々な考え方・視点を持つ多くの人に接し影響を受ける生活をしているうちに、物事をいろんな角度から見つめ考えられるようになったのではないかと思っています。さらに独自に野球チームを作り、他の研究室の人たちとも学年を超えて交流を深めることができ、多くの恩師、先輩、友人、後輩に恵まれたことが大きな財産になりました。在学生の皆様も、多くの人の経験や知識に触れる環境・機会を常に自ら求め、また大事にしてもらいたいと思います。


これからドクターに進学する後輩たちへ

ATP研究の第一人者Burnstock博士と共に(筆者左)
 薬学専攻 博士課程後期
 鈴 木 智 久(すずき ともひさ)

 最近は薬学科でも博士課程後期に進む学生が増えてきていますが、ドクター生活で一番大切なことは、研究へのモチベーションを保ち続けることだと思います。博士課程後期の三、四年は決して短いものではなく、勢いでなんとかなるものでもありません。砂漠に埋まった宝石を捜すようなつらい実験でも、あきらめず、やり続けなければならないのです。進学してなんとなく三、四年過ごしても博士号は取れるかもしれませんが、それでは何の意味もありません。そうではなく、尊敬できるよき指導者の下、結果を求められる大変なプレッシャーの中でモチベーションを保ち研究に取り組んでこそ、意味のあるドクター生活を送ることができると思います。決して楽なものではありません。それでも私は行く価値は十分あると思うし、後輩たちにも挑戦して欲しいと思います。

大学院国際協力研究科
友好と交流の架け橋に

東広島盆踊り大会にて
 開発科学専攻 博士課程後期
 呉   力 波(ウー リーポー)

 2001年10月から04年9月まで、私は文部科学省の奨学金を得て広島大学で学び、大学院博士課程を修了しました。この三年間は私の人生にとって最もたいへんな時期であったと同時に特別な思い出でもあります。現在、出身地である中国上海に戻って新しい生活をはじめていますが、混雑した上海の街並みは広島大学の美しい景観と静かで小さな西条の佇まいをいっそう鮮明に思い起こさせます。また、現在の私の不自由の多い研究環境は、IDEC(国際協力研究科)での充実した研究環境を思い出させてもくれます。
 広島という街は世界の平和や国際協力において特別な場所です。その広島で学んだ中国からの留学生のひとりとして、日本と中国、広島と上海、広島大学と復旦大学、IDECと経済学院の友好と交流の架け橋になれるよう願っています。
(原文・日本語)

2004年9月修了 現在、復旦大学経済学院世界経済学部助教授


内外で、いろんな人に支えられて…

留学先の英国リーズにて(筆者右)
 教育文化専攻 博士課程前期
 原 本 容 枝(はらもと よしえ)

 実習校の山口県の小さな学校で三年生十三人を受け持ち、途上国の話をし、国際理解教育の重要性を実感したのが機縁で、開発系の大学院に進みました。しかし研究の進展に悩み、交換留学に合格して、渡英しました。リーズ・メトロポリタン大学では、イギリス人と一緒に授業をうけ、修論用の学校訪問調査もし、チェコでの国際リーダーシップ会議に参加したり、一人列車でベルギーやオランダなどに旅行もして…自分を見つめなおすことができました。「オリエンタリズム」の小論文では、イギリス人と同じ評価基準で「優」を頂きました。
 帰国後、病気に苦しみながらも、いろんな人に支えられて、無事修士論文を提出できました。長い間の苦しみがうそのように、心が軽く晴れやかでした。励まし伴走してくださった先生方や親友、みなさまに心から感謝しています。


広大フォーラム2005年2月号 目次に戻る