広島大学/中国新聞社共催シンポジウム
「ベンチャービジネスと大学の役割」報告

文・写真 佐藤 清隆(Sato, Kiyotaka)生物生産学部教授
(広島大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー専門委員)



  1. シンポジウムの概要

 広島大学と中国新聞社が共催して、「ベンチャービジネスと大学の役割」を主題とするシンポジウムが、五月十七日(土)に広島市中区の中国新聞社ホールで行われ、約二百人が参加した。このシンポは、広大ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの開設を記念して行われたものであった。新産業育成に向けた大学と企業、行政の連携のあり方をめぐって活発な議論が行われたので、その概略を報告する。
 原田康夫学長と廣安博之工学部教授(本学地域共同研究センター長)の挨拶に続き、イスラエルのヘブライ大学教授でカザリ応用化学研究所のニシム・ガルティ所長が基調講演を行った。

ヨニシム・ガルティ所長(ヘブライ大学カザリ応用化学研究所)
の基調講演の様子
写真1
 続いて、沖田康尚中国新聞社編集局経済部長の司会で、本学の上田良文経済学部教授、ヒロボー(府中市)社長で中国地域ニュービジネス協議会会長も務めている松坂敬太郎氏、広島県商工労働部の三島祐三新産業振興室長、そして小生の四人がパネラーとして参加して、パネルディスカッションを行った。
 上田教授は日本を含む経済の現状を「世界的規模で産業の再配置が行われ、それにともなって大学のあり方を含めたさまざまなシステムの改革が求められる時代」と位置付けたうえで、「日本全体が生産基地の地位を失いつつあり、従来のような欧米に追いつき追い越すというキャッチアップ型から、パイオニア型のシステム と思想に転換することが必要である。そのための人材養成のあり方を大学が真剣に考えることと、さらに突っ込んでいえば、今後の進展が期待される知的ソフト産業や環境保全型の産業分野で、大学の研究者や卒業生が、実際に直接事業を興すことが求められる」と強調した。

ヨ沖田康尚氏(中国新聞社編集局経済部長) 写真2
 三島室長は、「広島県の工業生産の出荷額は中四国と九州を含めて従来はトップであったが、一九九五年度に福岡県に抜かれた。このような状態を改善するために、新規成長産業の創出はきわめて重要な課題である。行政の努力はもちろんであるが、大学への期待も強い」と述べた。
 一方松坂社長は、「新しい事業は大変なリスクを伴う。それを成功させる最も大事な考え方は、どうやって儲けるかではなく、どうしたら人々が楽しんでくれるものをつくるかということへの強い好奇心である」と強調した。さらに、「国立大学では、先生方が直接関与したライセンスや技術は国の資産となってしまうので、 企業とのパートナーとなりにくい。特許のロイヤリテイーや企業化による利益の配分などで、産業界と共有できるルールがないと一緒にビジネスはできない」と指摘した。
 さらに、「ベンチャービジネスはアメリカの例でも九割はつぶれるが、それを前提にして活動している。それに対して、日本ではベンチャーを認める風土がない」と述べた。

ヨ上田良文氏(広島大学経済学部教授)
写真3  今年五月に正式に開所したばかりの、本学のベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの専門委員である小生は、「大学の変化は、外からの期待に応えるには遅々としているように見えるし、実際その通りの部分もある。しかし、本ラボラトリーや地域共同研究センターの設立によって、大学の外と内とを結ぶハードと、それを運営する研究者のネットワークができたのは大きな変化である。これからいくつかのステップで、大学の内と外を結ぶ活動を進めたい」と述べた。また、ガルティ教授が強調しているように、「大学にはビジネスのシーズがたくさんある。生物生産学部での例では、環境科学の基礎研究として紫外線を防御しているプランクトンの生態を研究していたら、ある化粧品の大メーカーがその研究に興味を持って、いきなりヒアリングのアクセスをかけてきた」と述べた。
 最後に、松村昌信ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー施設長(工学部長)が閉会の挨拶を行った。



2. 基調講演の要旨


ヨ筆者 写真6
 「ベンチャービジネスの理念と実践─欧米の経験から学ぶ─」という演題で、以下の講演が行われた。
 欧米においても、大学と産業界は、「社会に利益をもたらす」という共通の目標を掲げながら、長い間基本的な考えが違っていた。教育や基礎研究を重視する大学は、「産業界との協力は研究の質を低下させ、大学が産業に奉仕させられると思う」のに対して、産業界は「質の良い製品を作り効率よく利益を得ることが社会に貢献するという考えからすれば、傲慢でお高く止まっている大学の先生方とつきあうことは非効率と思う」など、両者はかなり隔絶した雰囲気にあった。

ヨ三島祐三氏(広島県商工労働部新産業振興室長) 写真4
 この状況は、十数年前から米国を先頭に急速に変わった。それは、グローバルな経済状況の変化、社会の知的水準の向上、技術と科学の接近などに起因する。特にアメリカでは、それまで政府が大学、産業界に別々に出していた研究資金を、両者が手を出し合って創出した産学共同組織に提供し始めたためで、両者の連携が嫌が上でも必要になってきた。この傾向は、欧州各国にも広がっている。
 ヘブライ大学は、従来から理論物理と理論化学、コンピューターソフトウエアの分野で世界のトップレベルを走ってきたが、応用科学の分野では遅れていた。それを改めるため、応用科学の推進とその分野の優秀な学生の養成のための大学院大学を設立したり、大学内に応用研究と企業化を触媒させるための企業を直接に設立した。この企業による技術の売却や移転は一年に二百件になる。企業化で得た利益は大学、研究室、研究者で分け合っている。学生もその供与にあずかっている。

ヨ松坂敬太郎氏((株)ヒロボー社長) 写真5
 ベンチャービジネスを成功させているアメリカは、そもそも国全体にあふれている起業家精神、政府、大学、産業界を含めた応援体制、インキュベーターとよばれるベンチャー化を支える組織の確立など、いくつかの点で優れている。









3. おわりに

 本シンポジウムは、本学からの働きかけで実現したが、今回のようなマスメディアとの共催シンポジウムは初めてのことであるらしい。したがって、この企画自体がこれからの大学のあり方を試す経験でもあった。
 なお、本シンポジウムでは応用研究に焦点を当てたが、私見として蛇足ではあるが、誤解を招かないためにいくつか強調しなければならないことがある。すなわちそれは、応用から全く離れた基礎研究の価値は大学においていささかも減じることがないこと、応用研究は基礎研究があって初めて成り立つものであること、さらに教養教育を含む人材養成への真摯な営みがあって、大学が総体として社会に貢献することができることである。



 
広大フォーラム29期2号 目次に戻る