チューター・指導教官が学生の命を救う
─学生自殺急増のその後─
文・ 保健管理センター助教授 兒玉 憲一
悲しいことに、本学では平成六、七年度に学生(院生、研究生を含む)の自殺が急増しました。そこで、学生委員会を中心に全学的にさまざまな自殺防止対策を講じてきました。
保健管理センターでも、「自殺防止緊急アピール」を発表し、チューター(クラス担任教官)・指導教官(卒論・修論等の指導教官)が自殺の危機に直面している学生の早期発見・早期対処に取り組んでほしいと呼びかけました。これを受けて、多くのチューター・指導教官が、自殺の危険を抱える学生を同伴して私たちカウンセラーのもとに相談に訪れました。
その結果、平成八年度はそれまでにくらべて学生の自殺が減少しました。明らかに、チューター・指導教官の取り組みが効果をあげています。ここに、心優しい教官たちの取り組みを簡単に紹介し、読者の皆様にさらに自殺防止へのご協力をお願いします。
一 . 教官コンサルテーション
当センターでは、自殺の危険因子を抱える学生について教官自身がカウンセラーと相談すること、すなわち教官コンサルテーションを自殺防止策のひとつとして推進してきました。自殺の危険因子には、実際に自殺を図ったり「死にたい」と口走るといった直接的な因子と、心の病や深刻な悩み事を抱えているといった間接的な因子があります。
平成八年度には、私一人だけでも二十名の学生について二十五名の教官からコンサルテーションを受けました。その詳細はプライバシー保護のために明らかにできませんので、概要をごく簡単に紹介します。
二. カウンセリングから ─自殺は必ず防げる
もっとも多かったのは、理系の指導教官が自分の研究室に所属する四年生や院生が不登校状態を呈したために心の病なのではないかと心配して来談する場合で、全体の六割を占めました。次に多かったのが、救急病院や警察や他の学生からの通報で担当の学生が自殺未遂を図ったことを知らされた教官が、事後の対応や再発防止のために来談する場合で、全体の三割近くを占めました。
不登校状態の学生の多くが、指導教官に同伴されて当センターに来談し、カウンセリングを受け始めました。不登校状態には大きく分けて、心の病によるものと、進路上の深刻な悩みによるものとがありました。
カウンセリングでは、とりあえず学生に学業を一時的に休ませて精神的な負担を軽くした上で、心の病には精神科医による治療を、進路上の悩みには家族との話し合いを続けてもらい、時間をかけて解決をはかりました。
自殺未遂を図った学生のコンサルテーションに訪れたのは、理系の指導教官だけでなく文系のチューター・指導教官も少なくありませんでした。未遂学生の場合、チューター・指導教官が家族とすぐに連絡をとり、とりあえず学生を実家で静養させることが大切です。
ある程度精神的に落ちついた後で大学に復帰してもらいますが、その際も当センターでのカウンセリングや精神科医による治療は当分必要です。幸い、これまでカウンセラーとチューター・指導教官、家族が連携して再発防止に取り組んだ学生の中から既遂例は出ていません。自殺は必ず防げるのです。
もちろん、チューター・指導教官が勧めても当センターへ来談せず、積極的な援助ができず、大変心配な学生がいるのも事実です。ただ、それはごく一部の学生で、ほとんどの学生は、チューター・指導教官の助言を受け入れ、カウンセリングや治療を継続し、いずれ精神的な危機から脱して、学業に復帰し、そして卒業していきます。
そういう意味では、自殺の危険が高い時期にチューター・指導教官が学生のために費やす労力は必ず報われるものなのです。
三 . 残された課題
既遂例が減少している一方で、教官コンサルテーションを通して平成八年度も多くの学生が自殺未遂を図っていることが分かりました。辛うじて命をとりとめた未遂学生が少なくないのです。したがって、本学では学生の自殺に関して今しばらく厳戒態勢を続けていく必要があると思われます。
従来、研究室に配属される以前の学生たちにはチューターの目が届きにくいと言われていましたし、平成八年度もチューターからの事前のコンサルテーションは指導教官にくらべると僅かでした。ただし、平成九年度からチューター制度が改革されて、学部チューターと学生たちの関係が緊密になりました。おそらく本年度からチューターからのコンサルテーションが増加すると思われますし、そう願いたいものです。
統合移転を境に減少したものに、教官コンサルテーションと学生の家族からの相談があります。前者はようやく移転前のレベルに戻りつつありますが、後者は依然低迷しています。学生の家族にとっては移転前よりも東広島キャンパスへのアクセスが難しくなり、子どもの身を案じつつ手を拱いていると思われます。
心の病や深刻な悩みを抱える学生の家族とチューター・指導教官の間の連絡を密にするために、どのような対策を講じたらよいか積極的に検討する必要があると思っています。(こだま・けんいち)
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