大学の教員等の任期に関する法律案
─その意義と運用の課題─

文 有本 章(大学教育研究センター教授) 有本



 表記の法律案は、旧来の人事制度の見直しを図る性格を持つことから、各大学の組織改革のあり方に重要な影響を及ぼすものと見込まれる。すでに六月六日に参議院を通過して法制化する運びになったが、執筆を依頼されたのを機会に、その意義と運用の課題について愚見を述べさせていただく。
 法案の骨格は、一条(目的)、二条(定義)、三条(国立又は公立の大学の教員の任期)、四条、五条(私立の大学の教員の任期)、六条(大学共同利用機関等の職員への準用)、及び附則からなる。その主眼は、大学教員の流動性を高めて大学における教育研究の活性化を図るための方策として、国公私立の大学を通じて、各大学の判断で教員に任期制を導入できるようにするところに置かれている。



主たる内容と法案の意義

 主たる内容は次のようなものである。第一に、多様な知識や経験を有する教員等が相互の学問的交流を不断に行う状況を創出することが教育研究にとって重要であることから、教員等の任期について必要事項を定めることによって、大学等への多様な人材の受入れを図り教育研究の進展に寄与することを目的とする。第二に、国立又は公立大学の教員の任期については、先端的・学際的・統合的な専門分野での多様な人材確保が求められる教育研究組織の職、助手の職、大学の特定計画に基づき機関を定めて教育研究を行う職、に該当する職には、任用される者の同意を得て任期を定めて任用できる。同様に私立大学教員の任期については、学校法人が教員との労働契約において任期を定めることができ、さらに大学共同利用機関等へは国立又は公立大学の教員に係わる規定を準用するものとする。
 法案の意義は、私見では、多様な人材交流を基盤に伝統的な大学組織に風穴を開け、流動性・活性化を図りつつ、学問的発展を通じて社会発展に貢献せんとするところに存在する。OECD教育調査団や内外の学者によって閉鎖性が指摘されてきた旧来の大学組織は、日本社会の終身雇用・年功序列制とワンセット化した構造を擁して、一方では、世界の学問中心地に追いつくためのキャッチアップ型の機能を果たすかたわら、他方では、その構造的中枢には講座制を基軸に庇ひ護移動型の人事制度が機能し、概して世界の大学や学界との通用性を欠如した閉鎖的・硬直的な性格を形成したことは否めないだろう。



欧米との比較

 欧米(英独仏米など)と日本の大学組織を比較すると、前者は任期制や試補制補制によって若手教員にテニュア(終身在職権)の授与までに競争移動を求め、後者は三十歳前後の任用時から定年までの三、四十年間実質的なテニュアを与えつつ人材の純粋培養を求める点に相違が認められる。また、前者では普遍主義の原理によってネポティズムやインブリーディングを極力抑制し大学相互の人材の流動化を図るのに対して、後者では特殊主義がはたらき大学間の流動性が欠如したピラミッド型の階層構造を強めている。さらに、競争主義の原理によって任用・昇任時に概して外部評価型の業績審査に重きを置くのに対して、学歴・年齢などの属性を重視する傾向が見られる。こうした組織的特徴は、日本の学者のキャリアに刻印されており、最近刊行されたカーネギー大学教授職国際調査においても、寡少な生涯移動率、あるいは最初就職した大学から他へ移動しない傾向に具現している。
 この種の構造は、近代大学の創設と大学教授職の制度化を急いだ明治時代に原型がつくられ、今日まで一世紀以上連綿と持続したものであるが、すでに制度疲労が生じ、限界が来ているとみなされる。普遍主義を志した任期制・競争移動・テニュア制によって教育研究水準の発展を追求している学問中心地の大学組織や人事制 度との共通性・通用性・互換性の実現を模索し、大学内外の国際化を一層推進せんとすることは、今や日本の大学が内外社会に貢献する組織的な活力を持つために不可欠の課題となっているのである。



運用の視点

 以上から、任期制導入は基本的に必要である。ただ、その運用には慎重を要する点も少なくない。第一に、大学が学問の府であり、しかも大学教授職が学問の発展を担う専門職であることを極力尊重して運用されるべきである。大学教員が専攻する専門分野は学問発展の駆動力であり、生命線である以上、その個性に見合った運用が不可欠である。その点、法案が述べる如く、各大学の判断を基調にすることを旨とし、一律的・画一的な運用に陥ることのないよう配慮し、上記の先端・学際・総合的な専門分野の開発を要する職や若手教員の職等への選択的任期制を図ることが必要である。
 関連して第二に、いわゆるアカウンタビリティは重要だとしても、合理性・効率性の論理よりも学問発展を第一義とした運用を行うべきであり、とりわけノン・プロフィットの組織である大学においては、学問の自由を保証することを担保する必要がある。
 第三に、ともすると任期制での評価基準は評価方法の確立されている研究中心に傾斜し、教育軽視を招来すると予想されることにかんがみ、業績の適切な評価方法や報賞体系のあり方の再考が欠かせないと考えられる。
(ありもと・あきら)



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