自著を語る
『成長企業の技術開発分析』
文・金原 達夫 国際協力研究科教授
成長理論に取り組む
本書は、中堅・中小企業の技術開発と成長の仕組みを分析したものである。
このテーマに取り組むことにしたのは、一つは、経営戦略論や組織理論の分野で用いられてきた分析方法や概念を使って、企業成長を新しい角度から論じてみたいと思ったからである。日本企業がいかなる技術開発を行い能力形成を行っているの
か、そのメカニズムを知ることは日本的経営論や技術移転論にとっても重要であると思われた。
また、もう一つは、過去に地域経済研究プロジェクトに加わって地場産業の研究をしたことである。地場産業研究で気付いたことは、地場産業では中小企業が独自の技術を蓄積し成長していることであった。これは、企業成長や市場競争に関する既存の理論に強い違和感を抱かせることになった。現実はもっと多様で、ダイナミックではないかと思っていた。
そう思ったとしても、いかなる理論モデルを展開するのか簡単ではなかった。そこで、実態調査を行い、企業も延べ五十社近く訪問した。
競争空間モデルを展開する
本書の特徴の一つは、競争空間のモデルを展開したことである。競争空間とは、企業が事業活動を行い競争をしている空間のことで、市場、顧客満足、経営資源・能力の三つの要因で説明できる。企業は、特定の市場分野で、特定の顧客ニーズを満たすために、企業の資源・能力を使って製品・サービスを提供し事業を行っている。企業には必ずそれぞれの事業活動の空間があるし、いかなる事業活動の空間を構築するかによって競争優位性や成長が決まってくる。
分析を進めるにつれて、経験的事実を裏づけるデータが得られた。また、日本の企業組織は柔軟な有機的組織で、有機的組織は革新創造的であるという組織理論の仮説に疑問を投げかけるデータも得られた。
政策転換が必要
中堅・中小企業の技術開発は、主体性を基準に類型化すると、独立型や共同型、下請型のタイプに分けることができる。それぞれのタイプは、独特の競争空間を構築し事業機会のとらえ方、成長の仕方、経営者の役割、革新の性質等に特徴がある。
面白いことに、売上高の中の新製品の比率について見ると、下請型企業でむしろ高くなり理論的通念とは反対の傾向が見られた。これは、技術力向上に果たす企業間関係の役割を再評価することを意味している。日本産業が世界的な競争力をもち得たのは、一つにはこうした企業間関係の中にすぐれた技術力形成の仕組みがあったからである。
多くの中小企業は、市場拡大の条件の下では、下請関係を維持しつつ技術力を高め成長することができた。しかし、国際化や基幹産業の成熟化に伴い、親企業は海外に生産シフトをしたり国内分業から国際分業に事業体制を転換しつつある。したがって、従来の企業間関係を維持することが難しくなり、これまでの成長方式は転換されなければならなくなっている。これは大企業・中小企業双方に当てはまることである。
本書の新しさは、競争空間という独自モデルを提示して、多様な事業展開をしている中堅・中小企業の能力形成と成長の分析を行ったことであろう。それは、戦略論の一般化や中小企業研究の進展に、なにがしかの貢献ができたのではないかと思
っている。
本書を書いた後で、本書で展開した競争空間のモデルを用いてベンチャー企業の成長分析を行い、このモデルが使えることがわかった。ここしばらくは、企業における革新と成長を研究しようと思っている。
(A五判二五〇頁)
三二〇〇円
一九九六年 文眞堂
プロフィール
(きんばら・たつお)
◇一九四六年静岡県生まれ
◇一九七五年神戸大学大学院博士課程修了
◇一九九七年中小企業研究奨励賞準賞受賞
◇その他著書
『ベンチャーイノベーション』(実業之日本社、一九九七年)
『大島紬織物業の研究』(多賀出版、一九八五年)
◇所属=国際協力研究科開発計画講座
広大フォーラム29期3号 目次に戻る