歯学部教授選考の背景と経過

文・長坂 信夫(Nagasaka, Nobuo)
歯学部長

 

 はじめに 
   

   本学部は昭和四十年に国立三番目の歯学部として創設された。昭和四十二年には歯学部附属病院、昭和四十七年には大学院博士課程歯学研究科が設置され、現在までに一四九五名の学部卒業生と三四五名の学位取得者を輩出している。一方附属教育施設として、歯科技工士学校(昭和四十七年)、歯科衛生士学校(昭和五十一年)が併設されている。
 このように、本学部は歯科保健医療におけるコ・デンタルスタッフのための教育機関を兼備した国立総合大学の歯学部として、充実した歯学教育・研究内容を誇り、西日本における歯学教育の拠点として、地域医療へも多大な貢献をしてきた。
 昨年五月に行われた本学部口腔外科学第一講座の教授選考について、さまざまに取りざたされている。そこで、本誌で教授選考の背景と経過を説明し、広島大学構成員の方々のご理解とご協力を求める次第である。


 教授選考の背景 
   

 歯学部、歯学研究科および歯学部附属病院では、歯学のみならず生命科学や学際分野の研究にも踏み込める創造力に富んだ指導的人材を育成し、教育・研究の中枢機関として国際的に通用する独創的先端的研究を推進すること、高度な臨床歯科医学や歯科保健医療の学術的展開を図ることを目標に掲げ、さまざまな改革に取り組んできている。この歯学部における教育・研究・臨床の基本構想は、平成五年次に以下のようにまとめた。  「科学の長足の進歩は歯科医学をも専門分野に細分化し、社会が高度で多様な歯科医療を求めるのは時代の趨勢でもあり必然である。本学部のこれからの使命は、従来の歯科医学の深化に加え、
(1) 口腔の異常と疾患の診断、管理、予防、治療、機能の修復等における遺伝学、免疫学、分子生物学、医療工学等先端医学知識と技術を適用した歯科医療体系の確立
(2) 高度な専門知識と技術を有する指導的歯科医師の養成
(3) 国際的歯科医学研究の推進とその研究者の養成
(4) 高度先端歯科医療を通した地域医療への貢献
(5) 歯科医学を通した国際貢献
等を主要な目標とする」。


 教授選考の経緯 
   

 今回の口腔外科学第一講座の教授選考は、前述の基本構想のもとに、広島大学歯学部教員選考手続きに則って適正に行われた。
 まず、広島大学歯学部教員選考委員会規程に基づいて六名の委員による教員選考委員会を組織し、学部教育の改善や大学院および附属病院の整備充実を目指し、教育・研究・臨床業績はもとより、本学部の将来を踏まえた改革に意欲的に対処できる人材を要望して全国公募を行った。公募にあたっては、応募者に研究業績だけでなく、本人の教育・研究・臨床に対する計画と抱負、担当講座の改革についての考え方等を書面で求めた。  応募者が一名と少なかったため追加公募を行い、最終的に三名の応募者があり、広島大学教員選考基準、広島大学歯学部教員選考基準細則に照らし合わせ、教授候補者としての資格を審査した。
 以上、合計七回に及ぶ教員選考委員会の議を経て、三名が候補者として教授会に推薦された。教授会の構成メンバーは、候補者から提出された書類を熟読し、各人の考える歯学部、歯学研究科、歯学部附属病院の改革のビジョンや候補者の将来計画等を考え併せ、自主的判断で投票した。
 その結果、歯学部附属病院講師であった岡本哲治氏が選出された。


 新教授の業績 
   

 岡本氏の研究業績は主として口腔癌の分子生物学的診断、免疫遺伝子治療を目指すための分子細胞生物学的研究である。これらの研究を公表した原著論文四十編のうち、二十一編の英語論文は国際的に評価の高い雑誌に掲載されている。総論文数は他の候補者より少ないが、科学論文の質的評価の国際的指標であるインパクトファクターの総計七〇点以上と他の候補者の約一・五倍あり、筆頭著者としてのインパクトファクターは、他の候補者のそれと比較して約六・五倍と優れていた。この事実は、同氏が国内外の五研究機関と共同研究を進めていることから裏付けられている。
 一方、教育業績については、昭和六十三年の講師昇任以来、口腔癌と腫瘍免疫の講義を担当、また、平成四年度から七年度まで臨床実習主任指導者として臨床実習指導にあたり、昭和六十二年度からは大学院生の研究指導も行っている。臨床面では、口腔外科領域でLAK養子免疫療法といわれる生物学的癌治療を開始するなど、新しい治療アプローチを目指している。
 手術症例数は、認定医や指導医の資格をもつ他の候補者には及ばないものの、日本口腔外科学会が定める認定医の資格に足るものである。また、文部省科学研究費補助金重点領域研究、「がんの生物学的特性の研究」で研究費を交付されており、これは歯学部臨床講座ではきわめて稀まれなことで、今後、発展をとげると考えられる口腔癌の生物学的治療のための研究に卓越していることがうかがえる。
 さらに、本学部には口腔外科学第二講座があり、二十一世紀の歯科医学においては口腔外科学第一講座と第二講座間の役割分担と協力体制を明確にする必要があると考えている。岡本氏の将来の教育・研究・臨床に対する計画と理念ならびに担当講座を中心とした改革、特に口腔外科学第二講座との間における教育体制についての考え方などは斬新であり、明瞭に述べられていた。


 今後の対応 
   

 以上のように、今回の教授選考は大学管理機関(教授会)によって適正に進められ、投票は各教授の自主的判断によって厳正に行われた。選考された岡本氏は他の候補者に勝るとも劣らず、二十一世紀に向かって広島大学歯学部に求められる人材の一人であると考えられる。
 学部長をはじめとする歯学部教授会メンバーは、民主主義の原則に基づいて選ばれた岡本氏を、全面的にサポートすることを確認している。口腔外科学第一講座の構成員は、新しい教授を中心として教育・研究・臨床に励むことが、歯学部および講座の発展につながることは当然といえる。
 しかしながら、今回の教授選考の結果の本質を理解されないいくつかの行動と、それに対するマスコミの報道については、教授会として大変失望するものである。この原因は、私たちを取り囲む状況と将来を見据えた改革の必要性が十分に理解されていないことにある。また、私たちが歯学部および歯学部附属病院の現状、将来像、改革の必要性や方向などに関して正しく説明して理解を求め、解決に向けるための努力を十分に払わなかったことも否定できない。
 この点について、歯学部および教授会は反省するとともに、原田学長をはじめとする広島大学の構成員の皆様にご心配とご迷惑をおかけしたことに対し、深くお詫びしたい。
 以上のような反省の上に立って、教授会は一日も早い問題解決を目指して対策を協議し、教授選考の正当性を内外にアピールする等の積極的な行動を起こしていくことを決めた。すでに報道されたように、教授選考に異議を唱えている歯学部同窓生の一部と教授会メンバーとの話し合いを行い、その機会を利用して報道機関に教授選考の正当性について述べた文書を手渡し、理解を求めた。また、本学部の同窓会、当講座の同門会にも説明し、理解と協力を要請している。


 おわりに 
   

 歯学部および歯学部附属病院は創立以来、地域・社会・国民に多大な貢献をし、冒頭にも述べたように大きな改革をなすべく努力を重ねている。しかし、率直にいえば、この努力はいまだ十分でなく、変革の求めに必ずしも応じてきているとは言い難いところもある。それゆえ、私たちはいま一度、自己の点検・評価を踏まえ、来たるべき将来を見据えて自ら改革する義務と責任を確認しなければならない。
 今回の結果はこのような考え方によって得られたものであり、新しい口腔外科学の展開と歯学部および歯学部附属病院全体の改革のうねりを期待したものである。
このような状況を深くご理解の上、今後とも私たち歯学部、歯学研究科、歯学部附属病院の歩みに対してご協力をいただきますようお願いいたします。



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