「縁」とパッケージ

文・ 品川 哲彦(Shinagawa, Tetsuhiko)
総合科学部比較文化研究講座助教授



縁の思想

 幸田露伴は「学問をするには八方に手を広げよ。その広げた手が結びついて引きしまるとき、知識は生まれる」と考えていた。山本健吉はこれを露伴の縁の思想と呼んでいる。
 縁の思想はパッケージ別科目の目標にも通じている。というのは、同科目は、ともすると相互の関連を失いがちな授業選択を防ぎ、学んだ内容を結びつける姿勢を培おうという意図から新設された教養的教育科目だからである。
 私は同科目旧ワーキンググループの一員としてそう考え、ガイドブックのなかに山本を引用した。だが、引用する際に不安がないわけではなかった。縁という語が学生に通じるだろうか。生活面でも孤立して自分の好みに自閉しがちなのが今の学生気質ではないのか。いやいや、だからこそ、多様なものを結びつける思考法を育てようとしているのだ。そんな考えをめぐらしたことを覚えている。


「専門化」は縁を断ち切る

 「専門化」するとはまずは縁を切ることだが、同科目実施後の調査では、パッケージ内のつながりが学生に伝わらず、つながりを顧慮しなかった教員すらあると聞く。準備不足を痛感するとともに、後者についてはいささか心外でもある。けれども、実施前に懸念がなかったわけではない。
 というのは、大学教員は専門家であり、専門家とは、M・ウェーバーによれば、自己の研究分野だけを見るように自ら目隠しをつけた競争馬だからである。専門的教育なら、学生も同じ志向なのだから話が通じやすい。非専門性を目標とする授業では、教員と学生とのあいだに相通じる通路を確保するのがむずかしい。いやいや、まさにその通路が確保できなかった点で従来の教養的教育は批判されてきたのだ。パッケージ別科目はまさにその修正のための科目である。そんな考えもめぐらしていた。


切り身と生身

 数年前、小学校でにわとりを殺す授業が話題になった。それは、鬼頭秀一によると、鶏肉という切り身しか知らぬ子どもたちに人間とにわとりとの生身の交渉を教える試みである。
 切り身しか知らぬ者は自分も切り身として生きている。肉屋。その客。食費を稼ぐ者。我々は流通経路や産業構造のほんの一部しかあずかり知らないが、我々が身をもって生きている生活はそれらの多様な関連なしには成り立たない。それを学ぼうとする試みは、敗戦直後に社会科を中核として模索された小学校のコア・カリキュラムを連想させる。
 大学で行われる抽象度の高い研究でも、関連づける思考が重大な研究テーマを解く鍵となったことはなったことは数多い。
 たとえば、水俣病の解明には、食物連鎖によって有毒物が濃縮していく過程への着目が鍵をにぎっていた。さらに、水俣は企業責任、企業城下町の体質など社会科学によっても研究されていった。研究者のあいだでは、専門の研究を中断して水俣に関わるのを嫌う声も出て、「専門とは何か」「何のための専門か」という激烈な論争がかわされたそうである。
 このたまたま例としたケースで、諸研究の縁が結ばれたのはその内容のためだけではなかろう。たしかに、環境問題では全体の統合や関係が注目されやすいが、それに携わる諸科学の研究者に互いに関連づけようという志向がなければ、研究が細分化して相互の疎通と全体の展望をすっかり失ってしまうこと、必定ではあるまいか。
 もちろん、教育の次元では、縁は共同研究ほど強いものではあるまい。就職を志望して法の実務面だけに関心をもつ法学部生がいるとしよう。けれども、この学生はあるパッケージのなかで、(たとえば数学や物理学の知識を通して)理論が演繹的な構造をもっていることに、(たとえば文献の分析や心理学の知識を通して)部分の解釈は全体の文脈に依存することに、(たとえば科学史の知識を通して)知識の根拠は時代や文化に応じて相対的なことに慣れ親しむかもしれない。
 パッケージ内の授業科目を結びつける縁はこのように研究テーマへのスタンスやアプローチであってもよいと、私個人は考えている。先の学生はそこから法理学や法解釈や法源の問題にも興味を示すようになるかもしれない。だが、それはすでに 専門的教育の管轄である。


教える側にとってのパッケージ

 私も担当者のひとりだが、パッケージ別科目ほど自分自身が曝されているという感を強くする授業はない。自分の講義が専門を異にする者の目にどのように映るか、他の学問とどんな縁でつながりうるのか、私自身が見直さなくてはならないからだ。
 しかし、それはまた、専門家という切り身に自ら好んでなった者が少しは生身を取り戻す機会なのでもある。分かれた指先だけを見がちな研究者が五本の指がそこから出ている手のひらに戻って考える契機。そういうふうにパッケージを捉え直すこともできるのではあるまいか。



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