開かれた学問(63)
学問探検講座 経 済 学

文・吹春 俊隆(Fukiharu, Toshitaka)
イラスト・島谷あゆみ(Simatani,Ayumi)

イラスト
 バブル経済期、全国的に経済学部への入学志願者が最も伸びたと言われる。
 バブル崩壊後、志願者の下落が最も著しいのも経済学部だと言う。この経済学部の復権は可能だろうか。





生き残りをかけた「経済学」

 「経済学」というと小難しい数学や統計学を使って厳密な論証を重ねていく割にはテーマが取っ付き難く、大学生や社会人の方々から敬遠されてきたと言えるかもしれません。
 これまで、幸か不幸か、これらの情報は高校生の間に浸透しているとは言い難く、彼等は自分の偏差値だけで大学や学部を決めているのではないでしょうか。しかし、これからは時代の要請により、各大学、各学部は高校生諸君にアピールする事で生き残りをかけざるを得ないと思われます。
 実際、今年の十一月二十二日に広島市で大学入試センター主催の「学問探検講座」が開催され、私は広島県内の高校生諸君に対し「経済学部に入れば何ができるか」のテーマで講演し、「経済学部」のアピールをせねばなりません。
 そこでこのエッセーでは、紙面が許す限りできるだけ多くの「身近な」テーマを取り上げて「計量経済学」的な分析を行い、「経済学とは面白いものだ」と彼等や広大キャンパスの構成員を惹きつけることができるか実験してみたいと思います。
 ここで、「計量経済学」とはイミダス (集英社)によると「現実のデータに統計処理をして何らかの結論を出す」分野と定義されます。ただし、あくまで「経済学」ですから、そのデータは経済学的変数、例えば所得とか価格などを含むと付け加えていたほうが良いでしょう。


センター試験も金次第か

 最初の例はセンター試験についてです。 全国の高校三年生(および浪人生)は毎年、寒風をついてセンター試験を受けます。「豪雪」地域の広島大学では全国一律のセンター試験に粗相があってはならないと、試験の前夜から泊り込みで準備をする教官・事務官もいるくらいの一大イベントです。このセンター試験を“お金”で説明してみましょう。
 大学入試センターは全受験生の平均値については発表しますが、差し障りがあるというので、県別の平均値は発表しません。ところが、受験産業は全国規模で営業していますから、多くの受験生からの情報をもとに県別の平均値を出しています。これを利用しましょう。
 教育には“お金”がかかると言いますが、ひょっとしたら、所得の高い県であればより高いセンター試験の平均値になるのではないでしょうか。
表1  表1ではX−軸に各県の一人当たりの平均所得をとって、小さい値から順に並べます。Y−軸にそれぞれ県の平均所得に対応するセンター試験の点数をとります。この表の破線は最小二乗法で推定した平均所得とセンター試験の成績の関係ですが、正の関係になっています。
 この正の関係は統計的検定を行うと「有意」と判定できます。すなわち、所得の高い県ほどセンター試験の点数は高い、言葉を換えると“センター試験も金次第”と言えるでしょう(資料は駿河台予備校より提供)。


投票率も金次第か

 さて第二の例は国からの補助金と選挙の投票率の関係です。一九九七年二月六日の日本経済新聞に面白い記事が載っていました。青森県民一人が九四年度に一万円払って国から受け取った地方交付税・譲与税と補助金などの国庫支出金は八万一千円でした。その青森県の九六年十月に行われた衆議院議員選挙での投票率は六三・四%でした。他方、神奈川県については、それぞれ二千四百円と五五・五%でした。
 ここで、「族議員が補助金や公共事業の獲得に奔走するので、これらの議員を当選させるために県民はせっせと投票所に足を運ぶのではないか」という仮説を検証してみましょう(日本経済新聞は逆の因果関係を想像しています)。そこで、X−軸には各県の一人当たり国庫支出金をとって、小さい値から順に並べます。Y−軸にはそれに対応する各県の投票率をとります。
表2  すると表2のように正の関係がありそうです。この正の関係は統計的検定を行うと「有意」と判定できます。
 すなわち、補助金の高い県ほど投票率は高くなる。言葉を換えると「投票率も金次第」と言えるでしょう(資料は自治省ホーム・ページと自治省「平成七年度都道府県決算の概要」により作成)。


医療も金次第か

 さて、「資格」志向の現在の高校生(の親?)に最も人気のある学部として医学部、歯学部、薬学部(本学の場合は総合薬学科)を挙げることができるでしょう。これらの学部を出て、めでたく資格を取った人々はど のように各県に散らばっていくのでしょう。彼等は“お金”のある県に引き寄せられる傾向があるのでしょうか。
 例えば、全国に八万一〇五五人いる歯科医師の各県への分布を調べてみましょう。表3ではX−~TRNE~軸に各県の一人当たりの平均所得をとって、小さい値から順に並べます。Y−軸にそれぞれの平均所得に対応する各県の(十万人あたりの)歯科医の登録者数をとります。この表の破線は最小二乗法で推定した平均所得と歯科医の登録者数の関係ですが、正の関係になっています。
 この正の関係は統計的検定を行うと「有意」と判定できます。すなわち、所得の高い県ほど歯科医師の数は多いと言えます。こういう意味で歯科医師は“お金”のある県に引き寄せられる傾向があると言ってよいでしょう。
 同じような傾向が全国に十七万六八七一人いる薬剤師の各県への分布についても覗えます。表4は歯科医師の分布について行ったのと全く同じ手順を踏んで作成したものです。統計的に所得の高い県ほど薬剤師の数は多いと言えます。こういう意味で薬剤師も“お金”のある県に引き寄せられる傾向があると言ってよいでしょう。
 さてそれでは、医師も“お金”のある県に引き寄せられる傾向があると言ってよいでしょうか。全国に二十三万五一九人いる医師の各県への分布を調べてみましょう。表5は歯科医師の分布について行ったのと全く同じ手順を踏んで作成したものです。
 表の破線は最小二乗法で推定した平均所得と医師の登録者数の関係ですが、正の関係になっています(Y=一七七・五〇四+三・四〇六九六Xという関係になっています)。ところがこの正の関係は、統計的検定を行うと「有意」とはなりません。医師については“お金”のある県に引き寄せられる傾向があるとは言えないのです。
 これが病院(ベッド数二十以上)の分布になると、以下の表6に示されたように負の関係となります。この負の関係は統計的検定を行うと「有意」となります。つまり、病院については“お金”のない県に引き寄せられる傾向があると言えるのです。
 ここには、政府、とくに厚生省の政策的誘導が影響しています(表3〜表6の資料はすべてイミダス の「データ・ファイル」により作成)。


表3 表4

表5 表6


理論分析と公共経済学

 実はこれまでにお話してきた「教育」「選挙」「医療」のテーマはそれぞれ教育学部、法学部、医学部の専売特許ではありません。公共経済学の重要なテーマなのです。その他、「防衛問題」や「環境問題」も公共経済学の重要な分野です。前述のグラフの作成と統計の検定は「マセマティカ」というパソコン・ソフトで行いましたが、その操作はきわめて簡単です。
 経済学部に入学すると、パソコンを操作する機会が多いでしょう。ただ、公共経済学はここで行ったような現状がどうなっているかの描写だけでなく、「ゲームの理論」などを用いて理論分析も行うということを付け加えておきましょう。


プロフィール
吹春 (ふきはる・としたか)
◆一九四九年福岡県八女市生まれ
◆一九八〇年ロチェスター大学(アメリカ)
経済学部大学院博士課程修了
◆一九九五年四月から本学勤務
◆所属=経済学部教授
◆専門=理論経済学。現在は毎週日曜日に、RCCテレビの番組「三行経済」の中で、一般の視聴者へ経済学のアピールを試みている。

   

広大フォーラム29期4号 目次に戻る