自著を語る

『微生物その光と陰 〜抗生物質と病原菌〜』

本
文・ 杉山 政則





 本書は、著者自身が進めてきた抗生物質生産菌や薬剤耐性菌の分子生物学的研究を中心に、その周辺領域にあるトピックス的研究を紹介しながら、分子レベルの抗生物質論を展開したものである。執筆にあたっては、気軽に読める教科書、楽しんで読める科学啓蒙書作りをめざした。


抗生物質は微生物からの贈り物

 米国の微生物学者ワックスマンが発見したストレプトマイシンは、放線菌と呼ぶ細菌の一種がつくる化学物質である。この物質は結核菌の増殖を著しく阻害したことから、結核の特効薬として広く使用されていった。ワックスマンは、「微生物がつくり、微生物の発育を阻止する物質」を抗生物質と呼んだ。
 私たちが風邪で病院を訪れると、医師の多くは、診察後に、「では、抗生物質を出しておきましょう」と言う。風邪はウイルスが原因の症状なので、医師が処方する抗生物質では治らない。にもかかわらず、なぜ抗生物質が処方されるのであろうか。
 風邪を引くと身体がだるく、食欲も落ちる。そうなると、栄養不足となり、免疫機能も低下し、細菌感染症にかかっても不思議ではない状態に陥る。栄養を豊富に取ってゆっくり寝ていればいいものを、休まないことを美徳と考え、つい無理をしてしまう。
 だが、いったんこじらすと目も当てられない。やがて気管支炎となり、最悪の場合、肺炎さえ引き起こしてしまう。
 肺炎にもいろいろあって、肺炎連鎖球菌や肺炎桿菌などが感染して起こる肺炎には、細菌の細胞壁合成を阻害するペニシリン系やセフェム系といった抗生物質が有効である。だが、細胞壁を有しないマイコプラズマが原因の肺炎には、エリスロマイシンのような、細菌のタンパク質合成を阻害する抗生物質が使われる。このように、感染菌の種類によって、処方される抗生物質は異なるのである。
 本書では、まず、感染症の原因菌について述べた後、抗生物質にはどのような種類があり、いかなる構造をしているのか。また、抗生物質はどのようなプロセスで病原菌を死滅させるのかを、臨床使用されているおもな抗生物質を例に挙げて説明した。


自己耐性と薬剤耐性

 抗生物質は微生物を殺すいわば毒物であるにもかかわらず、それをつくる微生物は、自らの産物によって自滅することはない。なぜなら、その微生物には自己生産抗生物質に対する生体防御の機構、すなわち、自己耐性機構が備わっているからである。著者は、かつて、パリ・パストゥール研究所でそのような研究に従事していた。本書では、自己耐性の分子メカニズムについて解説した。
 ところで、疾病を治してもらうための病院で、それまで自分が持っていなかった新たな病気を背負い込むことがある。その原因のひとつに、抗生物質の乱用が原因で出現した、ほとんどの抗生物質に効かなくなったMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ 球菌)の問題がある。本書では、MRSAをはじめとする病原細菌が、いかに多くの抗生物質に対し耐性を獲得してきたのか、その薬剤耐性獲得機構について述べた。


免疫を抑制する薬とバイオ医薬品

 もしも、欠陥のある臓器を健康なものと入れ替えることができれば、その患者の命は救われる。そのような考えから臓器移植手術がいまや世界中で行われている。では、なぜ移植手術が可能となったのか。それは、かつて抗生物質としては評価されなかった微生物代謝産物が、術後に起こる臓器拒絶反応を押さえる薬として再発見されたからである。これを免疫抑制剤と呼ぶ。おもな免疫抑制剤の種類とその免疫抑制の分子機構について解説した。
 さらに、DNA組み換え技術の進歩した今日、この技術を用いて作られた、いわゆるバイオ医薬品と呼ばれる薬の開発が精力的に進められている。実際に臨床使用されているものやこれから期待されるバイオ医薬品について述べた。
 平成八年十月に本書を出版した直後、科学新聞十月二十五日号で、身に余る書評をいただいた。そのことが、今日、自分の研究をさらに発展させる上での大きな励みとなっている。

(A5判二一〇頁)二四二一円




プロフィール

杉山 (すぎやま・まさのり)
☆静岡県富士市生まれ
☆一九七四年 広島大学工学部酵工学科卒業
☆一九九二年 広島大学医学部・総合薬学科・薬品資源学講座教授
☆専門=微生物薬品学・医薬遺伝子工学



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