自著を語る

『ノルマン征服と中世イングランド教会』

文・ 山代 宏道(文学部教授)





人が動き、人が出会う

 本書では、これまでの「アングロ=ノルマン期(一〇六六〜一一五四年)のイングランドにおける国王・教会・社会の研究」の成果をまとめました。書名を『ノルマン征服と中世イングランド教会』としたのは、十一・十二世紀のヨーロッパ全域で征服・移住しながら活躍したノルマン人(北欧からのヴァイキングでノルマンディー地方に定住した人々やその子孫)たちの広範な活動を視野に入れる場合、イングランド征服(一〇六六年)はひとつの事例にすぎないからです。
 また、本書は、アングロ=サクソン人とノルマン人という異民族の間での征服・定着・融合といった問題を、教会分野を中心に究明しており、異民族・異文化接触の事例研究として「ノルマン征服」を取り上げたことになります。
ノルマン征服王ウィリアム



征服の影響

 イングランド教会に対するノルマン征服の影響はどのようなものであったのか。まず、国王と教会との関係は、征服後、各国王の置かれた政治的状況が変化し、それにつれて国王の教会政策も変わりました。各国王治世について、代表的聖職者の具体的事例を取り上げ検討してみると、国王とイングランド教会との関係には世俗諸侯の動向が影響し、ローマ教皇庁との関係が緊密になっていくのがわかります。
 つぎに、ノルマン征服後のイングランド教会の組織的・制度的・人的変化も大きく、「ノルマン化」現象が見られましたが、司教座教会組織や首位権論争を検討してみると、しだいに、各司教座教会の参事会を中心とする新たなまとまり、いわば新たな集団的アイデンティティーが確立していくのがうかがえます。
 さらに、教会と社会との関係を探るため、司教区統治の実態や教区制発展の問題を検討し、小教区教会とパトロンとしての国王・世俗有力者、そして教区民との関係などを考察してみました。
 こうして、ノルマン征服によりイングランドとノルマンディーとが結合し、英仏海峡をまたぐ「アングロ=ノルマン王国」が成立した事実から出発し、両地域の統一的支配を希求する国王たちの国内・対外政策が、対立者やローマ教皇を巻き込みながら、彼らの教会政策を左右していった、その意味でもノルマン征服が、イングランド教会に対して大きな影響を及ぼしたことを主張したのです。


敵対から融和へ

 征服後に、各人物が置かれた歴史的状況の変化をもたらしたものこそが、ノルマン征服の影響であり、変化した状況が、さらに、イングランド教会に影響を及ぼしていきました。しかし、ノルマン征服後の異民族間の敵対的関係は、一一二〇年代に新たな変化をとげます。その時期を転換期と捉えることができます。
 その頃になると、イングランドに所領をもつ諸侯たちの新たな「イングランド人意識」の成立、司教座参事会や修道院における新たなアイデンティティーの確立など、いわばイングランド的独自性が見られるようになります。


課題

 これまでの研究の結果、王権と教会との関係、イングランドとローマ教皇庁との関係など、ノルマン征服後のイングランド教会の上部組織や高位聖職者についての理解はかなり進みました。でもまだ、地方レベルにおける教会の実態解明は、必ずしも十分ではありません。「教会考古学」の成果、建築学や歴史地理学の研究成果などもふまえながら、地方レベルでの教会堂を復元し、それらを地方の歴史的景観のなかに位置づけることなどが、今後に残された課題なのです。


(A5判四九六頁) 八二四〇円
一九六六年刊 溪水社




プロフィール

(やましろ・ひろみち)
◇一九四六年 広島県生まれ
◇一九七七年 広島大学大学院博士課程西洋史学専攻単位取得退学
◇一九九四年 博士(文学)広島大学
◇所属=文学部世界史講座
◇専門分野=異民族・異文化交流史 ノルマン征服王ウィリアム



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