フォトエッセイ(33) キャンパスの動物

文・写真 新飯田 俊平  
(Niida, Shumpei) 
歯学部口腔解剖学第一講座


大理石骨病マウス
Osteopetrotic mouse
 

図1 大理石骨病(op/op)マウス

図2 op/opマウスと正常な兄弟マウス

図3 頭部のレントゲン写真。正常マウスには歯が生えている。op/opマウスでは顎骨の中に歯が閉じ込められているのがわかる。頭は小さく,丸みがある。首の骨の位置に注意。

図4 足の骨(大腿骨)の比較/正常な骨は中に骨髄がつまっているので赤味がある。op/opマウスは骨の中もホネだらけなので,ほとんど赤味がない。下は足のレントゲン写真
  
 「大理石骨病マウス」というからだの硬そうなネズミがいる。大理石で作ったネズミの置物のことではない。そういう名前のネズミが、ちゃんと動物施設の中で飼われている。年中空調の利いた部屋で快適に過ごしており、蒸し暑い研究室にいる人間より厚遇である。近頃このネズミ、骨や免疫の研究者の間ではちょっとしたブームになっている。別にペットにして飼っている、というわけではない。その方面の研究に都合のいい性質をもっているからである。  このネズミの骨を観察してみると、「破骨細胞」という骨を吸収する細胞がほとんどいない。骨というのは普通中が空洞で、骨髄という造血組織が詰まっている。このネズミの骨にはその空洞がない。つまり、骨の中までホネだらけである。造血のほうは脾臓に移るので心配ないが、よく調べてみると単球やマクロファージが少ないことがわかった。骨は名前のようにほんとうに硬いのか、というと実はそうでもない。逆に骨質がもろく、よく骨折をする。この病気の患者さんの骨を叩くと、大理石でつくった骨模型とよく似た音がする。病名はそこからついた。  M-CSFという造血因子がある。単球やマクロファージを分化させる蛋白である。このネズミのM-CSFを調べてみると、活性がないことがわかった。原因は、この蛋白をつくる遺伝子に突然変異が起っていたからだ。単球やマクロファージが少ないのはもっともな話である。ところが、破骨細胞の欠損も、実 はこの遺伝子の欠陥が原因であった。世界中の骨の研究者に強いインパクトを与えたこの発見は、七年ほど前のことである。ブームはこのときから始まった。  骨というのは絶えず吸収と新生を繰り返している。人間なら、全身の骨は三年ほどで全部新しい骨に置き換わる。これをリモデリングという。ところが、このネズミには破骨細胞がいないので、この仕組みが働かない。骨はつくられっぱなしである。ホネだらけの理由はそういうわけである。それなら、外かM-CSFを与えたらこの病気は治るのか。世界中の研究者が一斉にやりだした。投与から三日ほどで破骨細胞が現れる。骨の中のホネは吸収され、造血巣が現れる。もちろん単球やマクロファージも増えてくる。当たり前、と言われればそれまでだが、そのお陰で破骨細胞の研究が一歩前進したことは間違いない。  このネズミには歯が生えていない。歯の生える通り道を骨が塞いでいるからだ。頭は丸く、鼻が低い。これも破骨細胞がいないせいだとわかっている。だから、いつまでもこどものような体型である。それを女子学生は可愛いという。そんなに可愛いなら、夜店にでも出して研究費を稼ごうか。歯がないので噛まれる心配はない。「手乗りネズミ」というのも悪くはあるまい。この歯なしネズミにM-CSFを投与すると歯が生えてくる。これが歯の萌出メカニズムという研究に役立っているらしい。脳にはミクログリアという細胞がある。それがこのネズミでは極端に少ないこともわかってきた。ミクログリアはマクロファージの一種ということになっている。しかし、どうやってできてくるのか、実はまだよくわかっていない。もしかすると、このネズミ が何かヒントをくれるかもしれない。  最近こんな話まで舞い込んできた。宇宙空間での骨代謝研究に、このネズミをスペースシャトルに乗せてみたいという。これが本当なら、ついでに私も乗せてもらいたいものである。そんなこんなで、まだまだこのネズミにはこのキャンパスにいてもらわなけ ればなるまい。好きな研究をしていられるのも、実はこのネズミのお陰なのだ、と言えないこともない。


 
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