法学部創立二十周年記念行事の報告  
文・写真 甲斐 克則(Kai, Katsunori)
法学部教授

 
 はじめに 
 法学部は、政経学部から分離・独立して今年で二十年になる。創立二十周年を祝して、去る十一月七日から八日にかけて、三つの行事が挙行された。
 初日は、「二十一世紀の法学部教育」と題するシンポジウムであり、二日目は「模擬裁判」と「記念懸賞論文・二十一世紀の法と政治」の表彰であった。後二者は学生参加の行事であったことから、まさに法学部スタッフと学生のハーモニーが奏でる内容の濃い二十周年にふさわしい記念行事となった。以下、その概略を紹介する。

パネリスト(左側から順に山下教授、大崎理事長、鶴弁護士、中山部長、阪本教授


 シンポジウム「二十一世紀の法学部教育」 
一. 基調講演
 水上千之法学部長の挨拶、茂里一紘副学長と広島弁護士会の中原秀治副会長の祝辞の後に、まず、早稲田大学元総長西原春夫教授(早稲田大学ヨーロッパセンター館長)が「二十一世紀の法学部教育」と題する基調講演をされた。
 研究者として優れた業績を挙げられたばかりか、学内行政でも学部長・総長をはじめとする要職を経験され、さらには学外でも司法試験考査委員、日本私立大学団体連合会会長、大学設置・学校法人審議会会長等を歴任され、しかもヨーロッパやアジア諸国との交流を積極的に推進しておられるだけあって、二十一世紀初頭までの法学部教育の在り方を見据えたグローバルな視点からの格調高い基調講演であった。
 骨子は、第一に学部教育の大衆化や現行学制の問題(中等教育、学部教育、大学院教育)、さらには受験地獄により、日本の大学は「学問の府」たりえていないという現状認識をする必要があること。
 第二に、それを踏まえ、中等教育の期間延長と充実(学部教育の期間短縮と専門化)、または後期中等教育と前期高等教育の混合形態としての学部教育の方向を模索し、高等教育は大学院で行い、しかも大学院は学際的性格の研究科と伝統的専門分野ごとの研究科の両方を充実させる方向での改革を目指すべきであること。
 第三に、大衆教育の中での法学部教育と高度専門教育の中での法学部教育の在り方をそれぞれ考える必要があることというものであった。
 さまざまな経験談を盛り込みながら論点を的確に衝かれた迫力ある講演に、聴衆は魅了された。
二. シンポジウム  休憩を挟んで「二十一世紀の法学部教育」と題するシンポジウムが行われた。
 パネリストは、数々のユニークな改革を試みておられる新潟大学法学部長の山下威士教授、文部行政のトップを走ってこられ、大学院問題等大学教育問題に精通しておられる日本学術振興会の大崎仁理事長、カネミ油症事件等多数の訴訟を手掛けられ、法学部の夜間部でも講義を担当されている鶴敍弁護士、企業の第一線で法務関係の仕事に熟練しておられる住友商事の中山義壽総務部長、そしてわがスタッフで憲法学者の阪本昌成教授であった。司会は、前法学部長の辻秀典教授と私が担当した。
 このシンポジウムの趣旨は、法曹、研究者、民間企業、官公庁等々、進路多様な法学部生に対して法学部教育は二十一世紀に向けて何を提供すべきか、教育体制はいかにあるべきかを徹底的に討論して、展望を見出そうとするものであった。
 柱は、
(1)学生の進路と法学部教育
(a.法曹を目指す者と法学部教育の役割、b.企業・官公庁などサラリーマンへの途)
(2)大学改革と法学部教育
(a.教養改革(設置基準大綱化)と法学部教育、b.大学院重点化(専修コースを含む)と法学部教育、c.社会人の生涯教育と法学部教育)
(3)広島大学法学部の将来
であった。
 事前に各パネリストに論じていただく重点項目をお願いしていたが、さすがにそれぞれの論点について歯切れのよい話が伺えた。
 山下教授からは、新潟大学のような新しい法学部としては、「伝統のなさ」をむしろメリットとして捉え、司法試験勉強に固執しないユニークな教育体制を目指す旨の大胆な報告がなされた。
 大崎理事長からは「大綱化」の意味、教養と専門との関係、大学院重点化について「学部の四年間をどうデザインするかは各大学に任せられており、また各学部がどういう学生を作りたいか、広島大学法学部はどうあるべきか(例えば法律を中心としつつ隣接科学を学ぶ等)が重要であり、そのうえで学部教育軽視とならないような配慮をしつつ大学院重点化を考えなければならない」との貴重な提言をいただいた。
 鶴弁護士からは、法律家には全人格的判断が要求されるので、隣接科学はもちろん学際的な勉強が不可欠であるとの熱弁がなされた。
 中山部長からは、アメリカでの体験も踏まえ、「アメリカの企業では弁護士資格がないと社内の法律相談ができないが、日本では必ずしもそうではなく、弁護士の数も異なる。法学部卒業生は、総じて法的思考を持っているという特徴があるので、もっとそれが活用できる場があればよい。また、法学部生も今後はもっと国際的な勉強をする必要がある」との提言がなされた。
 わが法学部の阪本教授からは「ミニ東大」を目指すべきか否か、司法試験受験指導を念頭に置いた教育と個人的研究のギャップとの間の苦悩、頭に置いた教育と個人的研究のギャップとの間の苦悩、これらをどう克服すべきか、そして伝統的法学部からの脱却の方向性について、大学院教育まで射程に入れた熱い議論が展開された。
 フロアーからも、わが法学部の森邊成一助教授が、法律の隣接科学として政治学を学ぶことの意義は「法を通じて、良き市民の形成をいかにすべきかを知る」という点にあると指摘され、また、ジョン・E・ピクロン教授がアメリカのロー・スクールでの法学教育の意義・現状・問題点について意見を述べられたり、さらには前述の西原教授も討論に参加される等、議論は大いに盛り上がり、予定時間を三十分以上超過しても足りないほどであった。
 詳細は、近いうちに「広島法学」に掲載予定なので、そちらを参照していただければ幸いである。  いずれにしても、このような活発な記念シンポジウムが開催できたことは、二十一世紀に向けて法学部が力強い第一歩を踏み出したことの証にもなるであろう。
 大学は、枯れることのない「知の泉」でなければならない。そして広島大学法学部は、「地方から全国への知的発信基地」となるべくさらなる努力をしなければならないと痛感した次第である。
 盛会となった記念パーティーを含め、関係者各位にこの場をお借りして謝意を表したい。

基調講演をされる西原春夫元早稲田大学学長

司会者(左側が辻教授、右側が筆者)


 模擬裁判と懸賞論文 
 十一月八日には、学生主体の模擬裁判「山下邸殺人事件」と懸賞論文「二十一世紀の法と政治」の表彰及び発表会が行われたが、いずれも学生の熱気が伝わってきた。
 模擬裁判は、一昨年の移転記念の際に実施したのに続いて学内では二度目である。今回も陪審制を取り入れた形式で、陪審員十二名を公募したところ、学内外から十四名の応募があり、十二名の方に陪審員をお願いした。
 ストーリーは以下のとおりである。
 遺産相続絡みの殺人で、社長である兄を異母の妹が殺害したとして殺人罪で起訴され、犯行を全面否認する被告人に対して、検察側が証人として山下氏の秘書と捜査担当の警察官を喚問して有罪を主張した。
 これに対して弁護側は、鋭い反対尋問で応酬し、証拠の矛盾を衝き、さらに弁護側証人として被告人の友人を喚問した。
 陪審制なので、双方が分かりやすい口調で陪審員を説得し、演技も相当な練習の甲斐あって本番では迫真のものであった。陪審評議も一時間以上におよんだが、結局、九対三で無罪となった。学生は、通常の勉強スタイルとは違った形で法を自ら学んだことに充実感を覚えていた。
 また懸賞論文には七名の応募があり、審査の結果、最優秀賞の該当者は残念ながらなかったものの、ったものの、優秀賞(賞金五万円)には法学部生の加藤摩耶=柳之内まり子「新しい生殖医療・代理母についての法的考察」と杉野泰吾「監査役の独立性について」が、また佳作(賞金一万円)には大山由紀「人工生殖技術と親子法の将来」が選ばれた。
 前記陪審裁判の評議の間に、表彰式と優秀賞二題の報告が行われた。優秀賞作品は、論理的にもしっかりした構成・表現であり、学生の持つ潜在的能力の高さの一端を垣間見た気がした。

証人を尋問する検察官とそのやりとりに聞き入る裁判官と陪審員



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