アクティブセンシングとの出会い  
文・写真 金子 真(Kaneko, Makoto)
工学部計数管理工学講座教授

 
 工学部の金子真教授は、ドイツ・フンボルト財団(http://www.avh.de)が主宰する一九九七年度のフンボルト賞を受賞した。
 昨年度の秋葉教授(理学部)に続いて広大では二人目の受賞となった。

 研究で一番大切なのは 
 一九八一年四月一日の辞令交付で、筆者に示された配属先は、通産省工業技術院機械技術研究所機械部メカニズム課。大学院で流体力学に携わっていた者としては、なんともなじめない課名であった。確か入所前の面接では、基礎部に入って風車の研究をやるように言われていたのだが…。
 こうして、筆者は思いもかけずロボットの研究を始めることになった。学生には、「研究を行う上で一番大切なのは研究を始めるに至った動機付けなんだ」と言っている本人の動機付けが実は一番いい加減だったのである。


 いざダルムシュタットへ 
 さて、ロボットの研究を始めて七年。どうにか人並みの研究ができるようになった頃、ドイツのダルムシュタット工科大学にポスドクとして雇われることになった。いまから思うと、相当な滞在費をいただいたように思うが、一方でプレッシャーもまたそれに匹敵するものがあった。
 到着した翌日に、筆者を日本から呼んだのは、多指ハンドのプロジェクトを立ち上げるためで、必ず成果を出してほしい旨の言葉を教授から直々にいただいた。以来、月に一度、研究成果を発表することになった。発表準備は大変であったが、おかげで研究は着々と進んでいった。


 雇われの身のつらさ、そして追いつめられて 
 渡独して九か月、リサーチアシスタントや学生の強力なサポートのおかげで、曲がりなりにハンドが完成したときには、重たい重たい肩の荷が降りたような気がした。帰国までに四か月を残した時期だった。
 その後、試作改良を繰り返す間に、今までに報告されたこともない動力伝達系の非線形特性に起因した不安定現象が見つかった。これで論文が書けるぞと心を躍らせて解析に没頭していたが、教授よりハンド固有の問題に集中するよう軌道修正がかかった。これにはショックを受けたが、ここが雇われの身のつらいところである。この問題はひとまず切り上げて、ハンド固有の研究テーマを捜し始めた。
 そうして、帰国一か月前、追い詰められて思い付いたのが、アクティブセンシング(センサ系に能動的な運動を与えるセンシング法)による未知対象物とハンドの接触点検出である。ンサ系に能動的な運動を与えるセンシング法)による未知対象物とハンドの接触点検出である。触覚センサを付けずに接触点を見つけようというウマイ話である。
 最後のプレゼンテーションで「ロボットハンドによる未知対象物へのアプローチ」と題して、接触点検出法の基本的なアイデアを発表し終わったときに教授から受けた温かいお言葉は、いまだに忘れられない。こうしてアクティブセンシングの世界に踏み入ることになった。


 アクティブセンシングの魅力 
 ここで、アクティブセンシングのマジックについて身近な例で説明してみよう。
 我々の指先を卓上に置かれた一枚のコピー用紙のエッジ部に押し付けたとき、エッジらしきものを一瞬感じるがその感覚はやがて消えてなくなってしまう。ところが指先をエッジ部に直交する方向に動かすとわずか数ミクロンの厚さであっても、ヒトは瞬時にエッジの存在を感知することができる。これは動かすことによって、指先に備わっている高速応答・高感度の感覚器が活性化されるためである。
 織物の出来具合を指先に挟んでこすり合せて調べたり、医療分野で多用する触診もヒトが行っているアクティブセンシングの典型的な例である。いずれも指を動かさない限り有益な情報を引き出すことはできない。
 このようなアクティブセンシングの魅力に引かれて、帰国後はアクティブセンシングというキーワードを柱に六軸力覚センサの設計理論、昆虫の触角をヒントにした人工能動触角、視覚と力覚を組み合わせた融合型人工能動触角、弾性棒のダイナミクスを利用した動的人工能動触角、指先触覚センサ、アクティブセンシングを駆使した把握戦略の研究に没頭した。
 これらの研究に対して、日本ロボット学会論文賞(一九九四年)、計測自動制御学会論文賞(一九九六年)、そしてフンボルト賞(一九九七年)までいただけるとは正直なところ思ってもいなかった。


 人工触診も夢じゃない 
 アクティブセンシングの研究には二つの側面がある。一つは使用するセンサ素子の開発を含めたハードウェア技術に関する研究で、もう一つは運動計画や信号処理、つまりソフトウェア技術に関する研究である。現状はセンサ素子を含めたハードウェア技術が大きく立ち遅れている。これらが整備されれば、人工触診システムの開発も決して夢ではあるまい。



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