人生の充実期を前に

広島大学長 原田 康夫



 このたび、本学より四十八名の方が退職されます。人生の大半を広島大学で過され、このたび停(定)年を迎えられた皆様の長年のご苦労に対し、お礼を申し上げますとともに、無事停年を迎えられましたことを心からお祝い申し上げます。
 さて今日、わが国は世界一の長寿国として、まさに「人生八十年」といわれる時代になっております。その意味では、皆様の今回の停年は人生のライフサイクルでいえば四分の三を無事通過され、これからまさに人生の「充実期」を迎えるともいえまし ょう。
 たしかに、人生五十年あるいは六十年といわれた時代は、この時期を人生の最後の段階として老齢期として特徴づけ、生物学的には生命力の衰退期であり、社会的にも一般的には活動力の減退による引退の時期として理解されておりました。
 しかし今日、この時期に対する理解は、生命や活動のエネルギーから独立した意味をもった精神的諸内容の時期、換言すれば、各人が長年にわたってつくりあげた、パーソナリティと人生経験から汲みとった知恵による「充実期」「完成期」と考えられ ております。このことは、生命や活動のエネルギーを、各自がこれまでに創り上げてきたパーソナリティと知恵によって、すなわち、精神的諸内容によって更新し、自己実現を確実なものにする時期であることを意味しております。
 具体的には、人生を全うする確実な目標を定め、その実現、完成に向けて情熱を傾注する時期と考えられます。
 私自身も、生物学的にも精神的にも老いない秘訣は、人生を全うし、自己実現を確実にする目標を定めて、その方向に向けて情熱を持って歩むことだと考えております。そのためにも、生活にリズムを持たせ、一日をよく生きることが基本となります。
 私は、五十五歳の時から自己の充実期への対応を考え、毎日、ラジオ英会話に朝一時間、次いで四十分のゴルフ練習、それからシャワーを浴びて食事、九時に出勤。夜の会合は一次会のみ、午後十時から一時間はヴァイオリン演奏と、朝六時から夜十一 時まで規則正しい生活を続けて丸十年が過ぎました。
 人それぞれが、個性的な方法によって、この人生の充実期を文字通り充実させることによって、はじめてそれ以前の人生全体の意味が開示されることになりましょう。
 どうぞ皆様、これからも健康に留意され、楽しく充実した人生を送っていただくことをお祈りして、お祝いの言葉といたします。長い間、ご苦労様でした。
 



広大フォーラム29期6号 目次に戻る