附属福山中・高等学校勤務の思い出
梶原 久巳
(かじはら ひさみ) 附属福山高等学校
〈部局歴〉
昭和36・4 (公立学校)
61・4 附属福山中学校
平成元・4 附属福山高等学校
一九六一年広島大学教育学部体育科を卒業して、松永中学校を振り出しに、公立学校の商業高校、工業高校、普通科高校に二十五年間勤務した後、一九八六年四月一日付けで本校に赴任し、十二年間の勤務を終えようとしています。
このように本校での停年を迎える教官の中では、最も勤務年数の少ない私ではありましたが、自分としては満足のいく勤務でした。教員である限り生涯担任をしたいと思っていましたが、最後の最後まで担任ができたことはこの上ない思い出になりまし た。
その他、研究部長や各部署の主任という役割も経験させていただき、本当に自分勝手で気ままな勤務であったにもかかわらず、諸先輩や教職員の方々、そして生徒たちに助けられながら大過なく努めることができました。
苦しかったことと言えば、進路指導主任をおおせつかった三年間でした。教員生活の中で全く経験のなかった進路指導という部署であったこと、全生徒が大学進学という志望であったことで、内容が分かって指導ができるまでに三年間が経過してしまっ ていました。このように戸惑いながらもスタッフと担任の先生方のご協力の中で終わっていたというのが実態でした。本当にありがとうございました。
思い出のすべてをここに記すことはできませんでしたが、教育面では、生涯スポーツを視点にした主体的学習指導のあり方などの研究活動や、多くの行事を苦労しながら生徒たちと計画・実践した思い出、全く県大会とは無縁であったソフトテニス部が 県大会の常連校になったことなど、どれもこれも私にとっては生涯の思い出となるものばかりです。この間、多くのご指導やご支援をいただき、誠にありがとうございました。本校が今後ますますご発展されますよう祈念いたします。
広大フォーラム29期6号
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