コラム

中国の大学事情あれこれ(3)
学生におけるメンタルヘルスの問題



 さて、上海地区は、その土地柄、とくに近代以来よくも悪くも海外への窓口的存在であった歴史を背景に、近年「改革開放政策」下にいわゆる「経済開発特区」の一つに指定され、在外華人を含む海外からの投資急増を得てすさまじい経済発展を遂げつつある。これが当地の人々にとって喜ぶべきことと受け止められ、かつ内陸部をはじめとする地方都市から羨望の眼差しで見つめられていることは確かであろう。先に示した重慶での学生募集における実状(前号参照)にも、その一端は示されている。
 しかし、一方で、そうした経済発展が、当地の大学生にさまざまな形で影響を及ぼしつつあることも事実である。上海地区における就職への市場原理の導入と就職難の招来についてはすでに述べたが、このことが大学生等の精神面にも色濃く影を落とし 始めているからである。とくに地方出身者には、出身地とのあまりの経済格差、都市に就職残留する機会=“狭き門”をめぐっての苛烈な競争などが、精神的な重圧となってのし掛かり、極度のストレスを生じさせる。そして、自ら御しがたい状況にまで陥った結果、自殺への道を辿る。
 ただ、こうした学生における精神面での悪化をもたらしている要因は、何も都市部における経済的側面に限られるものではない。例えば、「一人っ子」家庭の増大である。
 「一人っ子世代が大学生となった今にして実感することは、学生たちの自ら判断し決定する能力が極度に低下しているということです。これは勉学面はもちろん、日常生活についても当てはまります。例えば恋愛問題が良い例で、失恋に陥った場合にど う処理してよいのか判断がつかない。事実、我が校でもこれが原因で、今年に入ってすでに二人が飛び降り自殺をしています。また、大学内外での学生の窃盗事件も増えておりますが、これなども彼らの精神面における弱さを示すものでしょう。いずれに しても、これらは以前ではほとんど認められなかった事例であり、我々としては一人っ子ゆえに家庭で甘やかされて育ったことに起因するものと考えております」。
 以上は、重慶のある大学で大学管理者・教官側から得た証言であり見解である。同校ではこの現象を前に、カウンセリングなどによる対策を講じ始めているということであった。
 本学においても、学生のメンタルヘルスの問題に対しては、旧教養部学生相談室(昭和三十六年:現総合科学部学生相談室)、保健管理センター(同四十四年)の設置など早くから対応してきたが、経済状況、家庭・社会の変化、大学進学者の増大とともに問題の多様化を見ていることは周知のとおりであり、克服に当たっても困難をきわめている。従って、以上は他国の実状と言いながらも他人事とは思えず、少なくも日中両国の共通課題として、共に取り組むことも意味なきことではないと感じ取った。
(広島大学調査室 橋本 学)


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