幸福な研究生活を振り返って  
文・ 西川 恭治(Nishikawa, Kyoji)
広島大学名誉教授

 
 このたび、中国文化賞受賞の栄誉を受けましたことは大変光栄に存じております。何か書くようにとの編集部からのご意向に基づき、私の研究生活の思い出をつづらせていただきます。


 最初の手がかり 
 大学院時代、私は統計力学の手ほどきを受けました。当時すでに熱平衡状態の統計力学はほぼ完成しており、非平衡状態の統計力学が話題の中心でした。その中で、私は、非平衡状態にある系がなぜ熱平衡状態に移行していくのか、という問題に正面から取り組んでいたヨーロッパの研究に魅せられて勉強しました。
 一方、非均衡状態の統計力学のもう一つの流れとして、熱均衡に近い状態で熱均衡に近づく線形緩和過程を特徴づける輸送係数を直接計算する研究が、日本の久保先生などを中心に進められており、その方が具体的な観測結果と結びつくということで、研究の主流となりつつありました。


 非線形プラズマ物理学への挑戦 
 学位をとって、一人前の研究者として仕事をしていくにあたって、私の学んだことを活かす道を探っていたところ、先輩から、熱平衡から大きくはずれた系で起こる非線形緩和現象、特にその典型的な例としてプラズマを研究対象にすることを勧められ、以来、プラズマ物理学、特にその非線形現象の研究に没頭するようになりました。
 当時、プラズマ物理学はまだ黎明期にありましたが、幸い優れた共同研究者に恵まれ、そのお陰で研究成果を着実に挙げることができました。そして、昭和四十六年広島大学理学部の新設間もない物性学科に迎えていただきました。


 核融合研究への取り組み 
 広島大学着任後しばらくの間は、周囲の方々のご好意により、たびたび外国へ出張し、国際舞台で研究する機会を与えられました。その頃、オイルショックとの関係でエネルギー問題としての核融合研究への追風が吹き、核融合炉の炉心となる高温プラズマに関する研究も注目を集め、私自身、いつしか核融合エネルギー開発研究にのめり込んでいました。
 そんな最中の昭和五十三年に、広島大学に核融合理論研究センターを創設していただきました。このセンターは平成二年、文部省直轄の核融合科学研究所の一部として転換されるまでの十二年間にわたり、全国の若手核融合理論研究者の中枢的研究機関としての機能を果たし、その成果は世界の注目を集めるものとなりました。


 恩返しと最近のこと 
 昭和六十一年頃から、広島大学への恩返しのつもりで、大学改革などの仕事をさせていただきましたが、仕事をさせていただきましたが、平成七年三月、理学部長の任期を終えてからは、細々ではありますが、再び核融合に関係したプラズマの理論研究に取り組んでおります。
 大学人として、教育と研究に打ち込めることの幸せを痛感しております。それと同時に、広島大学での最後の仕事として、「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」の広島開催のお手伝いをさせていただいたことも幸福だったと感謝しております。

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