自著を語る

『景観のグランドデザイン』
著者(編著)/中越信和
 (A5判,178ページ)2,575円
 1995年/共立出版株式会社

文・ 中越 信和




どうして景観なのか

 一九八七年八月十日の朝、ミュンヘンで「景観を科学することは一生の仕事だ」そう考えついた時、それまでの生態学と将来教えることになる環境計画学がヒューズし、私の頭の中で無数の研究課題や社会的貢献の数々が渦を巻き、力強くそして光輝いた。心霊体験などではない。懸命に生態学の研究を行っていたからこそ、この体験があったと思う。
 院生時代に、技術論に堕落していた植物社会学から植物群集を個体群や生活史から掘り下げ、本学で唯一個体群動態で学位を取得した者が、その後の山火事やマングローブ研究などをふまえて悩み抜いて到達した境地であった。
 ドイツの数か所で景観生態学に触れ、正式にミュンヘン工科大学を訪問して数日後の出来事であった。将来日本でも大きな事柄となると思っていた環境アセスメントに根本的に対処するすべを、彼の地で学んだ。
 余談だが、わが国では九七年六月にやっと環境アセス法が制定されるという遅れをとっている。


楽しく力強い仲間

 帰国後、さまざまな研究活動を開始し、また集会も開いた。その中の一つの活動が、この本の出版のきっかけを作りだした。総合科学部の環境科学共同セミナーは一級の研究者によるセミナーであり、当時助手の私はこのセミナ係であった。
 さっそく、この大命題に取り組むべく学内で有望な人材を探し、セミナー発表をしていただいた。総合科学としての景観科学を理解してくれる人であってほしかった。
 発表者で工学部(当時)の成田健一、情報処理センター(当時)の田中章司郎、文学部の岡橋秀典、総合科学部(当時)の松岡俊二の各教官は際立っていた。彼らに私の方から景観科学についても議論をふっかけた。全員が前向きで、私はますます元気になった。
 引き続き、総合科目「景観を探る」の開講を提案し、数年後開講にこぎつけた。その我々の研究成果の集約を目的として、本書を作り、テキストとしても使用することを考えた。分担執筆とし、私が編集することに決めた。幸い、すぐに共立出版がこの企画をとりあげてくれた。大学移転の最中、執筆活動を続け、編集後一九九五年十一月に出版した。
 第一章は序論で、景観が科学の対象であることを述べ、第二章は景観生態学が生態学を統括し応用へ展開できる学問であることを記した(中越担当)。 第三章は、景観の情報処理が記述されている。難解かもしれないが、本人の学位論文のエッセンスだから仕方があるまい(田中)。氏いわく、「これくらい解らないと、広大生じゃない」。
 第四章と第五章は、都市の景観に関する考察である。日本の都市がいかにその魅力を低下させているかが鋭く分析されている(成田)。個々ばらばらに建てられたビルやインフラ構造のため、日本の都市は窒息しそうになっている。環境工学はこれを救う手段の一つである。
 第六章では、成田と私が都市の緑について、生態機能を重視した本物の植生が必要であることを力説させてもらった。
 第七章では、一転して農村景観となる。岡橋のライフワークとも言える農村(集落)問題が、景観を切り口にして新たなルーラルデザインの展開の中で紹介されている。大いなる田舎こそ、人類の共通の財産なのだ。
 第八章は、景観問題を法律や経済という社会科学の立場から、つとめて冷静に分析したものである(松岡)。本人は熱血漢なのだが、ここでみせた冷静さこそは、一時的な思いつきでは決して創出できない、美しく豊かな景観形成に不可欠なものである。


まだ総合科学にはなっていない

 景観を科学する立場が、この本の中にすべて書かれているわけではない。しかし、重要なアプローチは示されたものと考えている。
 冒頭で述べたが、例えば生態学、生物多様性、ビオトープ、自然保護、環境保全、環境アセスメントなどのキーワードは、これらを景観システムの中で捉えてはじめて意義がある。根が付いた議論となり、純粋科学から環境政策にいたる広い領域を包括できる。
 しかし、生態学としては総合化できるが、それ以上はできていない。それゆえ、広大生の中から景観科学に果敢に挑戦する人物の輩出を強く望んでいる。死んだ学問ではなく、生きた科学をしようではないか、私たちと。その意味では、本書は遠大なテーマの一里塚にすぎない



プロフィール

(なかごし・のぶかず)
◇一九五一年 広島県生まれ
◇一九七九年 広島大学大学院理学研究科博士課程後期修了(理学博士)
◇その他編著 Coniferous Forest Ecology from an International Perspective (SPB Academic Publishing, オランダ、1991年)一九九四年
◇専攻=生態学、環境計画学
◇総合科学部・大学院国際協力研究科教授



広大フォーラム29期7号 目次に戻る