自著を語る
『地球をまもる小さな生き物たち』
著者(編著)/大竹久夫
(B6判,238ページ)2,369円
1995年/技報堂出版発行
文・ 大竹 久夫
本書は平成五年度から六年度にかけて行われた、文部省科学研究費補助金総合研究A「バイオレメディエーションのための微生物学的基盤技術に関する研究」の成果をとりまとめたものである。これからどんな学問分野を専攻しようかと模索している若い人たちや一般の人たちにも、環境バイオテクノロジーの面白さと重要性を理解してもらうことを期待して、内容はいたって平易に書かれている。
表題の「地球をまもる」とは地球の環境を保全することであり、「小さな生き物たち」とは環境を浄化する微生物たちのことである。総合研究のメンバーの他にもこれはと思われる先生方に分担執筆をお願いしたため、総勢三十二名もの環境バイオテクノロジーの専門家が、本書の分担執筆者となっている。
私は本書のタイトル、目次及び各節の執筆者を決め、そのうちの一節を書いただけであるから、これを自著と言ったら怒られるかもしれない。
微生物こそ環境バイオの主役である
なんと言っても環境バイオテクノロジーの主役は細菌やかびなどの微生物である。人間をはじめ花や木も魚や動物たちもみなその恩恵を受けて生きてい
る。
生命科学の世界で脚光をあびる高等動植物たちも、さすがに環境バイオテクノロジーの世界では脇役にすぎない。本書ではまず、微生物がもっている素晴しい環境浄化機能について実例をあげて紹介している。
例えば、微生物のなかには恐ろしいダイオキシンやPCBなどの有害物質を分解したり、水銀や六価クロムなどの有毒重金属を取り除いたりするものがいる。また地球の温暖化で問題となっている炭酸ガスを固定したり、座礁したタンカーから海洋に流れ出した石油を分解するものもいる。赤潮やアオコなどの異常発生を防止するためにリンや窒素を排水から除去する技術は、微生物なしでは考えられない。
これから環境バイオテクノロジーを発展させるためには、微生物の環境浄化機能を腰を据えてじっくり研究することが必要である。
バイオレメディエーションという技術
本書には「環境微生物とバイオレメディエーション」という副題が付けられている。バイオレメディエーションとは、微生物がもつ化学物質の分解能力を利用して、環境中に放出された有害物質を分解し無害化する技術のことである。本書を出版するきっかけとなった総合研究では、このバイオレメディエーションを支える基盤技術開発の課題と展望を明らかにすることであった。
これまでは土壌や地下水などの汚染が見つかっても、せいぜい汚染区域をビニールシートやコンクリートで隔離するか、汚染物をどこかに移動させることぐらいしかできなかった。バイオレメディエーションでは、汚染現場に生息している微生物の分解能力を活性化したり、新たに浄化微生物を導入したりして、現場で直接汚染物質を取り除いてしまう。
いまバイオレメディエーションは、二十一世紀の環境修復技術として世界各国で盛んに研究開発が進められている。
もともと本書のタイトルは「バイオレメディエーションとはなにか」とするつもりであった。ある大手出版社との打ち合わせを終え先生方に分担執筆をお願いする直前になって、別の出版社から、副題に「動きはじめたバイオレメディエーション」と掲げた本が出版されてしまった。これには理由があるのだが、私を含めてその本の著者の大半が本書の分担執筆者でもあったためか、その大手出版社が出版を取りやめてしまった経緯がある。
環境バイオテクノロジー研究会
本書の出版が契機となり、一九九六年の四月にわが国の微生物学者たちが中心となって環境バイオテクノロジー研究会が発足した。研究会設立の趣意書
には「環境問題へのバイオテクノロジーの適用とその基盤となる環境バイオサイエンスの学理構築」が唱われている。
環境バイオテクノロジーの脆弱な学問的基盤を強化するために、いよいよ、微生物学者たちが本格的に活動を始めたわけである。
一説によると、現在の技術によって培養できる細菌の種類は、自然界に生息する細菌のわずか一割にも満たないと言われている。
微生物の環境浄化機能は、まだまだ未開拓の研究領域であり、基礎研究から応用技術への橋渡しも十分に行われていない。一人でも多くの若く優秀な研究者たちが、この環境バイオテクノロジーの研究分野に参入し活躍してくれることが、本書の執筆者たちの願いである。
なお、環境バイオテクノロジー研究会の事務局は広島大学にある。本会の活動などについて関心のある方は、当方まで気楽にお問い合わせ下さい。
プロフィール
(おおたけ・ひさお)
◇一九四九年熊本県生まれ
◇一九七八年大阪大学大学院博士課程修了(工学博士)
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