自著を語る

『電磁力学』
著者/牟田泰三
 (A6判,222ページ)3,200円
  1996年/岩波書店
 

文・ 牟田 泰三


なぜ「電磁力学」なのか

 拙著『電磁力学』があちこちで紹介されているのを見ていると、中には書名を誤って「電磁気学」としているものが結構ある。無理もないことかもしれないが、著者としては意図があって「電磁力学」としているのであるから、これにはがっかりさせられる。拙著であえて書名を電磁気学とせず電磁力学としたのは、それなりの理由がある。まずその理由を語ることから始めたい。
 電気と磁気の現象は、日常的によく体験する現象である。冬の乾燥した時期に衣服に起こる静電気、かみなり、永久磁石、電灯、テレビ、パソコン等々、数え上げたらきりがない。これらの現象を矛盾なく説明できる理論が電磁気学である。
 電磁気学は、十九世紀後半にファラデーの実験的研究の上に立って、マックスウェルによって数学的に集大成された。今日では、電磁気学は、理工学分野はもちろんのこと、多方面にわたって役に立っている。
 この電磁気学には、見落としてはならない重要な要素がある。それは、電気現象と磁気現象を本質的な形で統一する理論だということである。電気と磁気は別々の現象のようにみえていても、深いところで絡み合っていて、実は一つの理論の、単に異なった側面を見ているだけだ、と気付くことによって電磁気学という統一理論に到達する。
 自然界の複雑な現象を解きほぐして、統一的な基本原理を見いだすということは、物理学者が等しく抱いている夢である。本書ではこの点を強調したかったのである。だから、個々の現象に力点がおかれやすい「電磁気学」という書名を避けて、より理論形式を重視した書名「電磁力学」を採用した。
 電磁気学という書名の本は無数にあるが、電磁力学という書名は、ここ四十〜五十年を見渡しても、本書を含めて二例しか知らない。電気力学という書名もあるが、これは多分一例だけだろう。


執筆に当たって

 電磁気学は、統一理論という観点から見ると単純明快で美しい理論なのではあるが、その基礎方程式を解いて具体的な問題に適用しようとすると、いろいろと高度の数学的テクニックが必要となるし、またそこで用いられる単位系も複雑である。実際に講義などをしてみると、この点が大いに悩むところで、学生諸君も苦労をしているのがありありとわかる。電磁気嫌いの学生は結構多いのではなかろうか。
 一九九一年の秋頃だったと思うが、岩波講座『現代の物理学』の編集責任者の一人、佐藤文隆氏から電話で、藤文隆氏から電話で、電磁気関係を執筆しないかとのこと。電磁気学については、前述のような悩みもかかえていたので、「いやあ、電磁気はごめんこうむりたいんだけど」というと、文隆氏曰く「統一理論という観点から一貫して書いた電磁気の本は世界的にもないし、素粒子屋のあんたなら、やってみると面白いと思うんだけどね」。なるほど、これは私も日頃感じていたことだ。それなら書いてみようか、と簡単に説得されてしまった。
 書き始めてみると、自分の学問的な理念を現実のものとすることができたりしてなかなか面白い。基本原理(マックスウェル方程式)がどうして導かれたか、その基本原理から電磁波という新しい予言がどうして得られるか、その基本原理に内在する対称性からどのようにして相対性理論やゲージ場の理論が導かれたか、などを書き綴っていくのは予想を上回る楽しさであった。
 岩波の担当者にせかされながらではあったが、何とか執筆を終わって初版がでたのが九二年十一月であった。その後、新しい事項を加筆しミスプリなどを訂正した第二版が九六年十二月に出版された。


岩波講座と私

 岩波講座『現代の物理学』は大変歴史の古い講座であって、担当者に確かめてみたら、今回で第五回目だそうである。第一回目は何と昭和四年から六年 の間に岩波講座『物理学及び化学』として刊行されている(私はまだ生まれていない)。
 約四十年前、私が大学生だった頃に、第三回の岩波講座『現代物理学』が刊行され、その中の多くの著書をむさぼり読み、たくさんのことを学んだ。この講座は私の物理学上の先生であったといってもいい。いまでも全巻大切に保存している。時は巡って、今度は自分がそれを書く立場になってしまった。何とか若い学徒に物理学の面白さと、深い感動とを伝えることができないだろうかと考えながら執筆を続けた。学生諸君がどのくらい著者の意図を理解してくれたか気になるところである。
 最近、東大二年生のW君から電子メールがきた。本書の終わりのほうで符号の誤りを見つけたという。よく調べてみると、確かに彼のいうとおりだった。ミスの少ないことにはかなりの自信を持っていた私としては、少々ショックであった。でも、それよりも、ここまで読み込んでくれた学生がいることに、驚きかつ感謝した。
 W君は、単に計算のミスを見つけてくれただけではない。この本が意図している統一理論としての電磁気学という命題を、見事に理解しきっているのである。その後、この学生とは電子メール文通が続いている。これが広大の学生でなかったことが少し残念ではある。

追記: 本原稿を書き終えた後で判ったことであるが、広島大学の学生さんの中にも拙著を大変よく読んで、深い理解に到達している人がいることが判明した。これまで気付かずにごめんね。



プロフィール

(むた・たいぞう)
◇一九三七年福岡県生まれ
◇一九六五年東京大学大学院博士課程修了、理学博士
◇京都大学理学部助手、京都大学基礎物理学研究所助教授を経て広島大学理学部教授(物理学教室素粒子論講座担当)
◇理学部長



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