自著を語る

『臨床小児歯科学』
著者/長坂信夫
 (B5判,538ページ)12,360円
 1990年/南山堂

文・ 長坂 信夫


はじめに

 私は、歯科医学の中の小児歯科学を専攻している。現在までに約五十冊以上の本を出版しており、ほとんどが小児歯科学及び小児科学の専門書の分担執筆である。それだけに神経を使うところが多い。
 それは、他の分担執筆者と形態や体裁を合わせるため自由に掲載できない所があり、またその項目を代表して、一般臨床医や学生教育にとって誤った理論・主義でないこと、参考になること、新しい方針が書かれていること、辞書・辞典的な存在であること等が要求されるからである。しかもそれに対する評価は厳しいものがあり、専門書を書くことの難しさを感じている。


臨床小児歯科学の発刊

 小児歯科学は臨床的学問として発展しており、小児歯科学の教書は基礎的研究を背景にし、しかも臨床に役立ち、学生にも理解できるよう掲載することが必要である。
 従来の小児歯科臨床は、齲蝕の治療が主体を占めていたが、小児の齲蝕の減少に伴い齲蝕中心主義より今では、齲蝕の予防処置及び咬合誘導処置が重要視されてきている。
 とくに、小児は成長、発達過程にあるため、小児の全身的な発育を考慮に入れ口腔領域の管理を重視した処置でなければならない。そのため最近では、欧米においても小児歯科学がPedodonticsからPediatric Dentistryに変わってきている。
 このように、時代と共に考え方も変わり、理論や処置法も進歩してきている。これに基づく教書の発刊の必要性に至ったのである。


本書の特徴

 利用者の対象は、歯学部学生、研修医、認定医それに一般臨床医の方々のために、理論に基づいた臨床主体の実践的な教科書であり参考書になるように努めた。
 また、今までの歯科医学の教科書は総論と各論に区別されているが、本書は全て各論を主体にし、各論の中で必要とする総論的内容を取り入れ、常に基礎的理論の上にたった臨床歯科医学書になるよう心がけた。
 また、従来のアメリカナイズされたものを一新し、できるだけ日本のデータに基づいた資料、文献及び考え方を含め、図、写真、表等も多く取り入れ、各方面で役立つように努力した。力した。少しグレイドを高くしてあり、どちらかと言うと歯学部を卒業した方々に適していると思う。


本書の内容

一. 小児の齲蝕予防
 小児歯科臨床に携わるには、まず予防歯科医学から導入すべきであると考え、最初にこの項目を掲げた。
 小児の齲蝕は減少傾向を辿っているが、これまでなされてきた小児の齲蝕予防を見直し、その上に新しい資料や方法及び考え方を取り入れ、本項に、齲蝕予防の指導、齲蝕予防と実際、齲蝕の予防法を主体に解説した。
二. 小児の歯科治療
 小児の歯科治療を行うにあたり、小児の身体的な成長発達と精神的発育に対し、顎、顔面、口腔領域の形態的、構造的、組織的、生理的な特徴及び小児齲蝕の特徴を十分に熟知した上での歯科治療が必要である。
 本項には、小児の全身的発育の特徴、歯の特徴、小児齲蝕の特徴、歯科治療時の小児の対応の方法、小児歯科治療計画、歯冠修復法、歯内療法、外科的治療法を主体にし、理論に基づいた診査・診断及び治療方法を図、表等で解説した。
三. 咬合誘導
 現在、小児の歯科治療において乳歯の齲蝕が減少傾向にあるため、咬合誘導の治療が中心的に考えられてきている。これも時代の流れによる小児歯科治療の変遷につながっている。
 咬合誘導治療とは、歯列、咬合の異常を改善し、正常化することにあるが、乳歯列の時期から管理し、矯正治療を施す必要がないよう、正常な永久歯列及び咬合状態に導くように管理して行くことにある。本項には、歯列・咬合の特徴、咬合誘導の診査と診断、咬合誘導の治療、口腔習癖の治療等を解説した。
四. 障害児の歯科治療  最近、各大学では障害者歯科の講座や治療部門が設置されている。障害児の歯科治療は小児歯科の領域で行うべきであると考えている。
 本項には、心身障害児の分類と対応、障害児の歯科治療計画、疾患別歯科治療等を解説した。
五. 小児疾患と歯科治療
 全身疾患をもった入院患児や外来患児の歯科治療は、全身的配慮のもとでの歯科治療が必要である。
 本項には、全身疾患をもつ小児の歯科治療、歯科治療時の注意、歯科治療時の注意すべき小児疾患等を解説した。


おわりに

 小児歯科学の教育及び臨床の範囲は小児口腔の全域にわたるものであるため、ため、一人の者がすべての部門を専門的に研究、知識を持つことは困難なことである。一冊の教書を編集するには、それぞれの部門の専門者に聞き記載の協力を得ることが重要なことであると考えた。
 今回の発刊においてもその部門の専門家を把握し、分担執筆者を選定し御協力を得た。歯科医学は日進月歩しているため、今後も時代・時期とともに改正を積み重ねていかなければならないと思っている。



プロフィール

(ながさか・のぶお)
◇一九七九年 広島大学歯学部教授(歯学部小児歯科学)
◇一九八五年 広島大学歯学部附属技工士学校校長
◇一九八九年 広島大学歯学部附属病院特殊歯科総合治療部部長
◇一九九四年 広島大学歯学部附属病院長
◇一九九七年 広島大学歯学部長



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