コラム
中国の大学事情あれこれ(5)
─増大する大学への期待と役割─
少なくも文化大革命(一九六六〜七六年:以下「文革」と略)以後を見る限り、中国における大学改革が、国家再建路線とともに展開されてきた事実、また改革内容が諸方面に及んでおり、沿海部と内陸部、都市と地方など地域によって様相も大きく異なることなどは、すでに諸氏が論じているとおりである。従って、これまで、先の中国での現地調査を踏まえ、変貌しつつある大学像の特色を取り上げてきたわけだが、筆者による見聞はその万分の一にも満たず、紹介した内容も知り得た情報の単なる小出しに過ぎない。
例えば、「出口問題」に関連して言えば、我が国でも進行しつつある、師範系学部における非師範系教育組織の設置など、興味深い事例も少なくない。外国語系でも、外交・貿易・旅行業務・マスコミなど具体的就業目標の設定された学科が設置され、学生たちはその目標に向かって学んでいる。また従来の教育では、理科系・文科系ともに学生は当該領域の科目を集中的に受講する“専門深化型”であったものが、今や基礎学力を厚くすべく、相互乗り入れ的なカリキュラム編成への切り替えが進められている。文革によって揺るがされたエリート集団は、経済発展という波により、再び改編を余儀なくされている。
加えて、少子化と高齢化というまさに進行しつつある二大社会問題も、大学に大きくのし掛かっている。少子化が、家庭における高等教育機会への熱望と青年心理のある種の歪みを生ましめていることはすでに述べたとおりだが、同時に高齢化社会の到来は、大学に「生涯学習」への認識とその推進に係る役割を一層求めつつあるのである。
成人をめぐる高等教育機会の問題が中国で本格的に取り扱われ始めるのは一九九二年以後のことだが、その実施は、やはり文革直後に遡りうる。テレビ大学がそれであるが、今日では既存の各大学にも全日制の「成人教育学院」なる学部が設置され、夜間部・通信教育部の存在も何ら珍しいものではない。
以上を概観して思うことは、我が国の大学が歩んできた道のりを同じく辿っているのではないか、そしてある面ではむしろ先を進んでいる可能性もあるということである。
ところで、以前から学生の全寮制・教師(家族を含む)の学内居住(退職後も宿舎利用)を原則としてきた中国ならではと言えるのだが、実は九〇年前後から「后勤」と称し、大学退職者が学内で店を開き生計を立てることも認められている。彼の国において大学は老若男女の闊歩・生活する一個の「街」なのであり、従って学内に娯楽施設が存在することもごく自然なことなのである。だとすれば、日本に比して中国は、近代的な大学の成立という点で確かに後発的だが、見方によっては、中世以来「都市」の核として発展を遂げた欧米の大学にむしろ近いのではないか。
我が国は、目下、米英に範をとって改革を進めつつある。しかし、思想を含め本質的な部分の彼我の違いについて、部分の彼我の違いについて、われわれはどの程度認識できているか。しばし沈思したとて、咎める者はいないと思うのだが。(了)
(広島大学調査室 橋本 学)
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