フォトエッセイ(36) キャンパスの動物

文・写真 細井 光輝   
(Hosoi, Mitsuteru) 
歯学部口腔解剖学第一講座






霞版 レッドデータブック
  
 ご承知のとおりレッドデータブックは絶滅危惧種のリストとして報告されるものであり、環境庁からの全国版や、都道府県からの地方版などがある。
 ところで、霞キャンパス周辺では、広島市による段原地区再開発の結果、幅広い幹線道路が作られた。それに伴い、かっては切れ切れながらも存在してムシたちの通路や繁殖地となっていた家々の庭や空き地がほとんど消えてしまって、それらのグリー ンベルトを利用した比治山からの供給が断たれた。さらに構内の環境整備が進むにともない、種の存立が困難になってきたムシたちがいる。
 大形のムシたちは、移動能力が高いので構内の緑にひかれてやってきて、五月のアオスジアゲハなどは構内においてきわめておもしろい行動を見せてくれるが、小形のムシたちはいま構内から姿を消そうとしている。これらのムシたちのいくつかを取り上げて見たい。つまり霞版レッドデータブックのゆえんである。
 したがって、ここに取り上げる種は、いわゆる自然の残った所では極く普通種であり、東広島キャンパスの方々にはきわめて日常的に見ることのできるムシたちだが、小さいがゆえにつくづくとご覧になった方は多くないであろう。自然を破壊するつもりはなくても、環境整備という行為がムシたちを追い出してしまう現実に目を向けていただきたい。
 なお、この薬用植物園では植物の種類が豊富なために、いろいろなムシたちが飛来する。特に五月の特定日にだけ見られる前述のアオスジアゲハの行動は一見に値するが、観察不十分のため後日稿を改めて報告したい。


 
ベニシジミ
Lycaena phlaeas daimio
 

 名前のとおり赤色の目立つシジミチョウ。  シジミチョウは体が小さいがゆえに、わずか数株の食草があれば繁殖可能で、以前は現在の保健学科付近でよく見られたものだが、ここ二年ほど発生していない。
 食草がギシギシやスイバなどタデ科の植物であるがゆえに、環境美化をめざす人たちの目の敵になり、食草としてほどよく成長するたびに刈り取られてしまうためであろう。根株はごぼうのように長く、決して絶えてしまう植物ではないけれども、食草として利用できなくなったことが原因であろう。帰化植物のヒメスイバはまだ残っているのだが…。
 タデ食うムシのひとつ。


ヤマトシジミ
Zizeeria maha argia
 

 羽の裏側に灰色の地で黒色斑点をもつシジミチョウ。
 飛び立った時に見える表側が青色に光るのは雄で、よごれた黒色のものが雌。食草が種子の飛びやすいカタバミであるために、草取り人(くさとりびと)の手から逃れることができて、あちこちで繁殖している。霞キャンパスに生き残った唯一のシジミチョウになってしまったようである。
 なお、広島の河口や宍道湖で採られて味噌汁にされるしじみも同じヤマトシジミの和名をもっている。東広島に蜆がいるとすればそれが本当のしじみ(マシジミ)である。


ハンミョウ
Cicindela japonica
 

 人の先へ先へと飛んで行っては立ち止まる性質があるために、別名をミチオシエ(道教え)という。山道を歩いているとよく見かける。裸地を好む甲虫だが駐車場が整備されてアスファルトや砂利で覆われてゆくにしたがい、見られなくなった。今では薬用植物園の中にだけひっそりと生息している。
 幼虫は観察していないが、この写真から見てここで繁殖しているとみてよいだろう。どのような道を教えてくれるのかは知らないが、美しいことでは一番である(特に写真にすると金属光沢が美しい)。
 この虫の性質からして、めったに人の手に捕まることはないだろうが、手の届く所へ来ても素手でつかまないように。美しいものにはなんとやらである。

 

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