理学部長 牟田 泰三
新入生の皆さん、合格おめでとうございます。これから始まる広島大学での学生生活への大きな期待を胸に、今日の日を迎えられたことと思います。 さて、皆さんは「ラッセルの逆理(パラドックス)」というのをご存知でしょうか。これは数学の集合論の分野ではよく知られた重要な問題です。まだ知らないという人のために、まず、この逆理について説明しましょう。でも集合論の言葉を使って説明したら、みんな爆睡するでしょうから(書いてる本人も眠くなる)、図書館のたとえ話を使いましょう。 ある図書館に、そこにあるすべての図書を記載した図書目録があるとします。その図書目録は、なぜか二分冊になっていて、「目録A」と「目録B」があるとします。ここがいかにも作為的ですね。怪しげですね。騙されないように気をつけて読んでください。 目録Aには、書中のどこかで自分自身についての記述をしている図書をすべて収録します。こんな馬鹿なことを本当にやるとしたら、図書館の職員さんは死ぬほど大変でしょうね。あくまで仮定の話です。目録Bには、そうでない図書、すなわち自分自身についての記述をいっさいしていない図書をすべて収録します。これで図書館にあるすべての図書は目録AかBかに必ず収まることになります。 ところで、目録Aと目録Bも図書館の蔵書です。だから、この二冊も目録の中に記載しておかなければなりません。目録Aは、目録Aに記載します。これはいいですね。だって、これで、目録Aは自分自身に言及していることになるし、目録Aには、自分自身に言及した図書のみを収録することになっているのですから。 さて、目録Bはどうでしょうか。目録Bを目録Aに記載してみましょう。すると、目録Aのきまりによって、目録Bは自分自身に言及した図書でなければなりません。でも、自分自身を記載していないのだから、これには違反しています。では、目録Bは目録Bに記載すべきでしょうか。でも、そうしてしまうと、目録Bに自分自身に言及した図書を収録することになって、やはり違反です。アレーッ、これは困ったことになったぞ。目録Bを図書として登録する場所がないじゃないか。目録AとBで図書館の図書は全部収録できると言ったのに。 というのが「ラッセルの逆理」です。この逆理は、一九〇三年にバートランド・ラッセルというイギリスの有名な数学者が提唱したものです。この逆理を数学で述べるときは、もちろん集合論の言葉を使います。このたとえ話で、図書を集合と読み替え、図書の中の文章を集合の元と考え、図書目録を集合の集合とよべば、だいたい「ラッセルの逆理」の数学的表現になるでしょう。数学者って、よくまあこんなややこしくて、すぐには役に立ちそうもないことを(失礼)考え出すものですね。 新入生の皆さん、これを読んでどう思いますか。もし、君が、この問題は面白くてしようがないと思ったらもちろん「数学科」に行くべきです。 もし、なにを言っているのかさっぱりわからないというのであれば、「物理科学科」へ行って相談してみてください。行って相談してみてください。 こんなことで無駄な時間をつぶしたくない、実際のものにふれたいと思う人は「化学科」へ行くべきでしょう。 面白いけど状況設定が単純すぎると思う人は「生物科学科」へ行きましょう。 こんなことで一生を棒に振りたくない人のためには「地球惑星システム学科」があります。 新入生の皆さんがこれからの四年間を有意義に過ごして、自分にとって最もふさわしい進路を見つけ出してくれることを願っています。
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