広島大学で初めてのリフレッシュ教育 
総義歯治療の最前線
 


産業・経済構造の変化に対応… 職業人も生涯にわたる知識・技術の習得を
地域の歯科保健・医療に貢献する職業人を支えるために

文・長坂 信夫(Nagasaka, Nobuo)
歯学部長

  三月八日(日)、広島国際会議場で開催された、文部省大学改革推進等経費によるリフレッシュ教育プログラム「フォーラム21・質の高い総義歯治療の最前線」は、五二五名が参加し、盛会裡に終了した。この模様は翌日の朝のNHKテレビで報道された。広島大学で初めて開催されたリフレッシュ教育の試みをここに紹介する。
 
リフレッシュ教育プログラムとは

 産業・経済構造の変化や技術革新に伴い、職業人が生涯にわたり、高等教育機関において継続的に教育(リフレッシュ教育)を受け、常に最新かつ高度の知識・技術を習得することがきわめて重要となっており、我が国がダイナミックな発展を持続していくためにも不可欠と認識されている。
 このような状況の中で、高等教育機関に生涯学習機関としての役割が強く期待されており、職業人のリフレッシュ教育を推進することは、大学の大きな社会的責務であると言える。
 文部省では、平成二年度より調査研究会を設置してリフレッシュ教育の推進方策について検討し、平成四年三月に報告書「リフレッシュ教育の推進のために」を取りまとめた。
 これにより、産業界等から関係者の参加を求めて、地域におけるリフレッシュ教育の推進方策を協議するとともに、職業人のレベルや履修形態に即した特色あるリフレッシュ教育プログラムを各大学および大学院において実験的に実施し、その結果を評価分析しながら、より効果的なリフレッシュ教育のあり方を考え、実践することが決定された。
 最近の歯科医療技術の進歩には目覚しいものがあり、歯科における疾病構造も変わる中、医療のパラダイムは、DOS(Doctor Oriented System)からPOS(Patient / Problem Oriented System、患者中心主義)へと移行している。ここでは、歯科医師およびコデンタルスタッフが、生涯にわたってリフレッシュ教育を受け、常に最新かつ高度の知識・技術を習得することがきわめて重要となってきている。
 国立大学歯学部として全国で三番目に創設された本学部は、今年で三十三年を迎え、現在まで県下はもとより全国各地で活躍している歯科医師、歯科医学教育者および研究者を一四九五名送り出し、さらに、地域における歯科保健・医療に貢献する地域歯科医師およびコデンタルスタッフの支援を行ってきた。
 このような実績をふまえ、さらにより地域に開かれた学部を目指しており、このたび平成九年度大学改革推進等経費により、この分野の職業人である歯科医師・歯科技工士・歯科衛生士などを対象としたリフレッシュ教育を提供できる機会が与えられたので、全学に先駆けて以下のとおり試行された。


ニーズを踏まえたフォーラムのテーマについて

 今回選んだリフレッシュ教育のテーマは、歯をすべて失った無歯顎者に対する総義歯(いわゆる総入れ歯)の治療である。世界に類を見ない速度で超高齢化社会が進む中、長生きをする無歯顎者の口腔(こうくう)機能の回復を通じて生活の質(QOL)の向上に大きく貢献できる総義歯治療は、歯科医療の中で現在最も関心の高いものの一つである。
 しかしながら、以前にNHKでも取り上げられたように、総義歯治療がうまくいかず悩んでおられる高齢者は非常に多く、その人が長寿を生き生きと全うするために、総義歯の治療技術の向上とその普及が社会的な急務になっている。
 そこで本フォーラムでは、歯をすべて失っている高齢者の総義歯治療に対するリフレッシュ教育のあり方を模索するため、地域の歯科医師会や他の国立大学の関係者の参加を求め、地域のニーズを把握して、意見や情報交換を積極的に行い、まずリフレッシュ教育に対する理解を深める「リフレッシュ教育フォーラム」を開催した。


フォーラムの内容

 フォーラムは午後一時に、長坂よりリフレッシュ教育である本フォーラムの趣旨と、歯学部と地域が一体となった生涯教育の必要性について説明することから始まった。
 座長の赤川教授(本学)が、総義歯治療が患者の生活全体、すなわちQOLに及ぼす影響について講演され、質の高い総義歯治療が高齢者の生活の質(QOL)の向上に役立つことを呉市の大規模実態調査の結果を交えて説明され、これを本フォーラム参加者の共通の認識とした。
 次に、実際に行っている総義歯治療のさまざまな問題点から、広島県歯科医師会本山栄荘会長より問題提起をしていただいた。これらの六つの問題について、五名の講師が解決策を教示する形式で行った。
 「総義歯のための解剖学」では、内田教授(本学)より、頭蓋(がい)顔面の骨・筋肉・神経の解剖的知識がいかに総義歯治療のために必要かを強調され、特に総義歯の診査・印象採得(歯のない無歯顎部の型どりをすること)・咬合採得(上下の総義歯の咬み合わせを決めること)などの関わりを解剖学に的を絞られた講演であった。・印象採得(歯のない無歯顎部の型どりをすること)・咬合採得(上下の総義歯の咬み合わせを決めること)などの関わりを解剖学に的を絞られた講演であった。高齢化に伴う顎骨(あごの骨)の吸収を軽減、抑止するための方策についても答えられた。
 佐藤教授(岡山大学歯学部)は「総義歯の印象の臨床的基準」を演題に講演され、生体に調和した総義歯治療のための印象採得の勘所について、臨床例や生体計測結果に基づいてそのポイントを示された。さらに提示された問題点のうち、総義歯が口腔内で安定しない場合への対応などについて的確な解決策を指示された。
 藤井教授(長崎大学歯学部)は、「総義歯の咬合の臨床的基準」を(1)治療方針の選択の基準(2)義歯作製上の技術的な基準(3)術後評価に関する基準、に大別して臨床術式を交えた講演だった。高齢化に伴い生理学的機能の低下した患者における咬合採得の疑問点にも答えられた。
 濱田教授(本学)は「総義歯の維持管理」をテーマとして、総義歯の機能を長期にわたって維持し、患者がより快適に義歯を使用するための調整・指導のアプローチを最近の話題を交えてわかりやすく講演され、定期的リコール時の診査および調整などについての質問にも答えられた。
 「総義歯患者の嚥(えん)下」では、谷本教授(本学)より、総義歯患者の嚥下をX線シネで示された講演であった。高齢者に多い誤嚥の防止策についての質問にもお答えいただいた。
 これらの講師の話に、超満員の参加者は熱心にメモを取りながら納得されていた。その後、「年齢に見合った咀嚼(かむこと)機能」や、「障害者を含む在宅医療における総義歯治療」などについての総合討論が、会場一体となって展開された。最後に新谷附属病院長の総括と挨拶があり、四時間に及ぶフォーラムを終了した。


今後の展開

 フォーラム参加者に対して行ったアンケートは現在集計中であり、得られた結果にもとづいて地域の職業人のリフレッシュ教育に対するニーズを把握し、この教育プログラムの完成を目指したいと考えている。
 本学部では来年度もこの大学改革推進等経費を申請しており、今後も継続してより効果的なリフレッシュ教育の推進を行い、地域の歯科保健・医療に貢献する職業人を強固に支えていく所存である。


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