開かれた学問(66)

   細胞が「分裂する」時に起こっていること   



文 写真・細谷 浩史(Hosoya, Hiroshi)

 プロフィール (ほそや・ひろし)
◇一九五六年 東京都生まれ
◇東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻(博士)修了、理学博士
◇東京都臨床医学総合研究所勤務を経て一九九二年から本学勤務
◇理学部生物科学科教授
 専門は分子細胞生物学
 現在、「動物細胞の分裂メカニズムの解明」を主要テーマに、高等動物のガン細胞や原生動物を実験材料に研究を行っている。
 hhosoya@sci.hiroshima-u.ac.jp
 




  「一つの細胞が二つに分裂すること」を,細胞分裂(Cell Division)と呼ぶ。二つに分裂した細胞はその後どんどん増殖し,多細胞の新しい生命体が構築されていく。本稿では,生命の基本現象である「細胞分裂」のメカニズム解明に関する最新の知見を紹介する。
 
研究の背景

 私たちの体は、元をただせば一個の「卵細胞」にたどりつきます。高校では、卵細胞が精子と受精し、二個、四個…と分裂を繰り返して発生が進行し、生物の体が作られていくことを習いました。
 大学では、理科系の諸君なら、細胞の分裂時には「核分裂」と「細胞質分裂」が連続して起こること、生物医学系の諸君なら、DNAポリメラーゼや筋肉の主要成分アクチン、ミオシンなどが細胞分裂に重要な役割を果たしている、ということまで習っているに違いありません。
 アクチンの機能を調節するのはミオシンやカルシウムイオンであり、ミオシンが細胞分裂に重要なのは、リン酸化されてそのATPアーゼ活性(註1)が上昇するからである、などとたちどころに答え、我々を喜ばせる勉強家も中にはいることでしょう。
 今までに、細胞分裂の進行に関わる数多くの因子が明らかにされてきました。アクチンやミオシンなどの(前述の)タンパク質はその代表例です。リン酸化など(註2)の翻訳後修飾やカルシウムイオンなども分裂時に重要な役割を果たしていることが指摘されています。
 「細胞分裂」をストーリーを持った一つのお芝居に例えると、これらの因子は「役者」に相当します。役者のリストアップは今までに十分行われてきました。しかし、問題は、そのストーリーです。主役は誰か、脇役をどのように配置するか、いつ誰をどこに登場させるか、舞台装置はどうするか、一人二役はあるのか、ストーリーを確定するためにこれらの点を明らかにすることが不可欠です。
 最近、(前述の)「ミオシン」が、主役の一人であるということがわかってきました。私たちの研究室では、細胞分裂時におけるミオシンの機能変化とその時間的・空間的配置を明らかにする研究に取り組んでいます。本稿では、分裂時におけるミオシンのリン酸化のタイミング、およびリン酸化されたミオシンの細胞内局在に関して、最もホットな話題をまとめてご紹介したいと思います。


実験材料について

 細胞分裂の研究にはどのような実験材料が適しているか、という問題は重要です。細胞分裂を研究する多くの研究室では、ショウジョウバエ(の卵)や酵母菌、ウニ卵やヒーラ細胞(註3)などを実験材料に用いています。
 前者二種では、突然変異体の作製や掛け合わせなど分子遺伝学的な取り扱いに優れています。後者二種では、同調性の優れた細胞が大量に手に入ること、形が大きく生体高分子の局在を容易に観察できることなど細胞生物学的な取り扱いに優れています。したがって、「役者の配置」を研究するためには後者が良いと判断し、私たちの研究室ではウニ卵やヒーラ細胞を実験材料に用いることにしました。


細胞のくびれと収縮環

 動物細胞が分裂を開始する際には、まず「核分裂」が、ついで「細胞質分裂」が起こります。
 「核分裂」では、細胞の遺伝子(=DNA)が正確に複製され、二等分されます。続いて細胞質が二等分され(=細胞質分裂)、それぞれの細胞質にDNAが正確に配分されます(細胞分裂の完了)。
 この細胞質分裂が行われる際に、細胞の赤道面にタンパク質のリングが形成されますが、我々はそのリングを「収縮環」とよんでいます(図1)。収縮環はやがて収縮し、細胞がくびれて細胞質分裂が完了するのです。
 私たちは、「収縮環の収縮」が細胞分裂のハイライトであると考え、収縮メカニズムの解明を研究の最優先課題に選びました。


図1:収縮環と筋肉の模式図



収縮環の収縮メカニズムは?

 収縮環の「構造」に関しては、以前から多くの研究が行われてきました。現在では、骨格筋や平滑筋などの筋肉に存在するアクチン繊維やミオシンが、その主要な成分であることが明らかにされています(図1)。
 一方、その「収縮メカニズム」は現在まで不明のままです。筋肉の収縮メカニズムに関しては、詳しい解析が行われ、平滑筋では図2に示された経路で収縮が行われるらしい、ということがすでにわかっています。だから、筆者らを含め多くの研究者は、筋収縮と同じメカニズムで収縮環は収縮するだろう、と予測しています。

〈平滑筋の収縮〉
(1)細胞内Ca2+濃度の上昇
    
(2)Ca2+/カルモジュリンによるミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)の活性化
    
(3)ミオシン軽鎖のリン酸化
    
(4)ミオシンの活性化(ATPアーゼ活性の上昇)
    
(5)アクチン繊維とミオシン繊維のすべり
    
(6)平滑筋の収縮

図2:平滑筋収縮のメカニズム (「広島大学低温センターだより」1997年9月号より引用)



図3:分裂細胞の「くびれ=収縮環」に局在するリン酸化ミオシン(緑色の蛍光染色部)。青い部分は,染色体DNA。バーの長さは10ミクロン



リン酸化されたミオシンが収縮環に局在する

 図2に示された平滑筋の収縮機構にしたがえば、リン酸化されたミオシンが収縮環に存在するはずです。そこでウサギを使ってリン酸化ミオシン(軽鎖)の抗体を作製し、ヒーラ細胞を染色してみたところ、きれいに収縮環が染まることがわかりました(図3)。
 ミオシン軽鎖には複数のリン酸化部位が存在します。リン酸化されれば、ミオシン機能が活性化される部位(a)と、逆に活性が抑制される部位(b)などです。
 今回明らかになったのは、部位(a)がリン酸化されたミオシンの局在です。したがって、活性化されたミオシンが収縮環に局在することがはっきりと示されました。これらの成果は、今年の春に日本(広島大)とアメリカ(米ラトガース大)でほぼ同時に発表されました。
 現在も引き続き、部位(b)が、リン酸化されたミオシンがどこに存在するのか、すなわち、活性が抑制されたミオシンがどこに局在するのか、さまざまな方面から検討を行っているところです。


ミオシン(軽鎖)をリン酸化するキナーゼ

 次に大切なのは、ミオシンをリン酸化する酵素(キナーゼ)が細胞のどこに存在しているか、ということです。筋肉では、MLCK(註4)とよばれるキナーゼが、ミオシンリン酸化の役割を果たしていることがわかっています。しかし、MLCKについては筋肉以外では詳しく調べられていません。
 私たちの最近の研究により、ミオシンをリン酸化するキナーゼとして、ウニ卵から「MAPKAP(マップカップ)キナーゼ4」と「cdc(シーディーシー)2キナーゼ」の二種類が同定されました。
 MAPKAPキナーゼ4は、MAP(マップ)キナーゼにより活性化されるキナーゼで、MAPキナーゼカスケード(註5)の最下流に位置します。そのキナーゼがミオシンをリン酸化することがわかったことで、MAPキナーゼカスケードの細胞分裂への関与が強く示唆されることになりました。ヒーラ細胞での解析も近日中に結果がでそうです。
 これらのキナーゼのどちらが、収縮環のミオシンをリン酸化しているのかまだわかりません。キナーゼの局在を調べるために、抗体を作ることが急務です。またウサギのお世話になりそうです。


ミドリゾウリムシを「細胞分裂」の研究に使うこと

 ミドリゾウリムシは、原生動物の一種です。ゾウリムシに似ているが、体内にクロレラに似た共生藻がたくさん(四百〜七百個くらい)棲んでいるのでそう呼ばれています。そう呼ばれています。
 ミドリゾウリムシは、光に当たると、共生藻が糖分を産生するので、餌を食べなくても元気です。光の当たらない夜は、バクテリアを食べて生活しています。最近、共生藻を取り出して、体外でクローン化することに成功しました。
 一方、除草剤の一種、パラコートを用いて共生藻をやっつけ、共生藻のいない「白いミドリゾウリムシ」を作ることもできました。白いミドリゾウリムシが共生藻を食べると、一部は消化されずに共生に移行して、元通りの「ミドリ」ゾウリムシが復活します。
 共生藻は、ミドリゾウリムシの体内で分裂を開始し、元々の数(前述と同様に四百〜七百個くらい)まで増えたところで増殖をストップします。増殖ストップのメカニズム、共生後の分裂開始のメカニズム、どれをとっても興味深いテーマです。私たちは、この「系」(図4)が、細胞分裂の研究に使えないかと考えています。


図4:「ミドリゾウリムシ共生藻のクローン化と再共生」の概念図。
 パラコート(農薬。光合成の阻害剤)をミドリゾウリムシに作用させると,植物である共生藻が姿を消してしまい,動物であるミドリゾウリムシは元気である。共生藻を食べさせると(図中の赤い部分がミドリゾウリムシの食胞),大部分が消化されるが,一部が生き残ってミドリゾウリムシ体内で増殖を開始する(=再共生)。
 なぜ,これらの共生藻は,生き残れるのだろうか。(西原直久(D3,学振DC2特別研究員)原図より)




あとがき

 ウニ卵やヒーラ細胞は、細胞分裂の研究者にとって、いわば「常識的」な「共通」の実験材料です。これらの材料を用いて出された成果は、多くの研究者に受け入れられる可能性が高いといえるでしょう。
 一方、ミドリゾウリムシは、この分野では新顔です。「非」常識な材料です。でも、私たちはこの系で、予想もつかない事実を明らかにできそうだという予感がしています。ミドリゾウリムシは、東広島キャンパス周辺のため池にたくさん生息しています。だから、実験材料には事欠きません。研究の今後の発展が楽しみです。




(註1)
 ATPを分解する活性のこと。ミオシンは、重鎖と軽鎖の二つのサブユニットからなり、軽鎖がリン酸化されるとミオシン分子は活性化されることがわかっている。



(註2)
 タンパク質にP(リン酸基)が結合すると、たいていの場合、そのタンパク質の機能が変化する。本文中の「一人二役」は、リン酸化により可能である。



(註3)
 一九五一年に黒人女性(三十一歳)の子宮頚部扁平上皮ガンより樹立された最初のヒト由来の培養細胞



(註4)
  Myosin Light Chain Kinaseの略。平滑筋から得られたミオシンの軽鎖をリン酸化する酵素



(註5)
 「カスケード」とは、キナーゼがあるキナーゼをリン酸化し、そのキナーゼが活性化されてまた次のキナーゼをリン酸化し、それが活性化されて…という連続反応のこと。
 こういう「連続反応」は数多く知られており、細胞内部での情報伝達系の最も基本的なパターンである。なかでも、MAPキナーゼカスケードの役割はきわめて重要である。今回、ミオシンがその情報伝達系の構成員として重要であるということが初めて明らかにされた。




広大フォーラム30期1号 
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