二〇〇八年の高等教育像─ユニバーサル化への道
日本高等教育学会第一回大会が開催される

文・ 有本 章(Arimoto, Akira)
大学教育研究センター長 
日本高等教育学会事務局長
第一回大会実行委員長  





 日本高等教育学会(会長=天野郁夫・国立学校財務センター教授)は、第一回大会を平成十年五月三十日・三十一日の両日、本学教育学部を会場に開催した。
 一日目は開会式、自由発表、レセプション、二日目は課題研究、総会、シンポジウム、閉会式が行われた。両日を通じて二百人を超える会員の出席があり、盛会裏に幕を閉じた。レセプションでは、天野会長、原田康夫学長、利島保教育学部長、佐藤禎一文部事務次官、天城勲IDE会長、マーチン・トロウ米国カリフォルニア大学教授からそれぞれ挨拶を頂戴した。
 日本高等教育学会は平成九年七月十九日に東京大学法文二号館において設立大会を開いた。次の引用は設立趣旨の一部である。
 「変動の時代をむかえていっそう明らかになった高等教育研究に係わる諸問題とその研究の重要性を考えるとき、学問領域の違いをこえた研究者等の結集と交流をはかり、研究の理論的、方法的基礎を強化し、研究の一層の深化をめざすとともに、その研究成果の普及を図り、実践的、政策的課題の解決に寄与するために、学会の設立は重要な課題となりつつあります」。設立と同時に、本学大学教育研究センター内に事務局を設置することになった。会員数は現在三〇五人である。
 さて、記念すべき第一回大会では、十二部会(教育内容・カリキュラム/教授法・教育実践/入試・進学/大学と職業/学生生活/高等教育と経済/高等教育と地域社会/就職/高等教育制度と組織/高等教育政策/諸外国の高等教育/学部教育)にわたって四十三件の自由発表がなされた。今後を担う若手研究者や大学院生の発表も数多くみられ、各会場には活気がみなぎった。
 自由発表の他に、「大学入試のゆくえ」および「学士課程教育改革の展望」という二つの課題研究の報告が行われた。さらに「二〇〇八年の高等教育―ユニバーサル化への道」というシンポジウムが開催されたが、定員一四〇人の一〇四号教室が会員以外の方々を含め一六〇人のオーディエンスで溢れる盛況ぶりであった。前記の佐藤事務次官、トロウ教授、および喜多村和之教授(国立教育研究所教育研究政策部長)をパネリストに報告と討議が行われた。以下ではその内容について若干の紹介を行ってみよう。
 佐藤事務次官は、大学審議会答申を基に今後十年間に展開されることになる高等教育政策に焦点を合わせ、高校、学士課程、大学院課程の接続に対して量的拡充と質の維持という重要な課題を孕んでいることを指摘し、そこではリメディアル教育などの制度的対応が問題になることを論じた。
 トロウ教授は、一九七〇年代初頭に自ら提唱したエリート・マス・ユニバーサルの段階からなる高等教育発展モデルに照らしながら、マス化やユニバーサル化が先行した米国に対して欧州では最近制度的な枠組みの見直しを急いでいる点を指摘し、そのような欧米での経験から日本への示唆を行った。同時に、最初は十八歳人口の大学への「進学者数」を問題にしたのに対して、現在のユニバーサル化の指標としては「参加」が望ましいとし、量よりも質の視点の重要性を論じた。
 同様に、喜多村教授は、ユニバーサル化の内容をユニバーサル・アクセスとユニバーサル・アテンダンスとに区別し、日本での前者から後者への展開の可能性を探りながら、量と質の調整のあり方に言及した。
 各報告に対してフロアーから多くの質問や意見が出され、活発な議論が展開された。
 これらの報告や討議を通じて、ユニバーサル化の時代には量的拡大と質的維持のあいだの葛藤や調整が重要な問題になることが論点になった。また、これから十年後の高等教育像を的確に描くことは、社会の経済的な不透明性が持続し、情報技術の革命が進行する「不確実性の時代」にあっては、はなはだ困難であるとの共通の見解が見られた。そして、そのような不確実な時代だけに高等教育の研究・政策・実践の実りのある統合をめざした活動が期待されることも明白になった。
 高等教育の方向性が模索される節目の時点にあって、そのような活動への課題が意識され、共有され、高等教育研究の一層の必要性が自覚的に認識されることになった。その点、充実したシンポジウムであるとともに、有意義な二日間の大会であったと言えるだろう。
 なお、大会が予想以上の盛会裏に終了したのは、一重に熱心に協力された学内外の皆様のお陰であり、ここに心から感謝申し上げる次第である。
 

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