ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーは今  

文・写真 山根 八洲男(Yamane, Yasuo)   
工学部教授

 「ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー」という名前を聞くと、多くの人はベンチャービジネスを起こすための研究所というようなイメージを持たれる人が多いのではないかと思われます。しかし、実体は皆さんのイメージとは少し違っています。以下ではラボラトリーの生い立ちと、現状、そして将来の夢を含めて紹介します。

 
 生い立ち 
 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)の設立は非常に新しく、平成七年五月の第一次補正予算から始まります。この補正予算では、国立大学の理工系の十(現在は全国の二十五を超える大学に作られています)の大学の大学院に、「将来のベンチャービジネスに発展するような独創的な研究を行うと共に、これからのベンチャービジネスを担う行動力と能力を持った大学院生を育成する目的」でベンチャー・ビジネス・ラボラトリーを設置することが決定されました。
 広島大学では工学、理学および生物圏科学の各研究科長がVBLの設置に名乗りを上げられ、ただちに計画を立案し、申請書を書くための実行部隊が、工学、理学、生物生産および総合科学部から招集されました。招集を受けた教官は、初日から東千田町の事務局に缶詰状態にされました。その後も最終的に書類が整い文部省からOKが出るまで長い間、連日深夜をこえる仕事となりましたが、多くの方々の協力によりなんとか設置にこぎ着けました。


 施設の現状 
 VBLは、広島大学東口の反対側「ががら山」の山裾に、放射光科学研究センターと隣接して建っています。「広島大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー」と看板の出ている鉄筋四階建ての茶色い建物(延べ二千平方メートル)の本館と、放射光科学研究センター内にある超高速電子ビーム周回装置(五百平方メートル)がVBLの管轄となっています。
 本館内部は上記のイメージ図に書かれています。一階はVBL事務室と、二階に持って上がれない重量物の各種試験器や加工装置が入った実験室となっています。
 二階は、院生研究室、非常勤研究員室、セミナー室、ディスカッションルームといったデスクワークあるいは議論を行うためのスペースとなっています。特にディスカッションルームは出入り自由で、大きなテーブルや応接セットが置いてあり、院生や研究員がテーブルに資料を広げてデータ整理をしている姿も時折見かけます。
 三階は分析エリアと呼ばれるスペースで、X線用のイメージングプレート解析装置をはじめとして、各種の物性を解析する装置群が設置されています。
 四階は物質創成エリアと呼ばれ、クリーンルームを備えた実験室では、有機超薄膜作成装置や集束イオンビーム薄膜作成装置、あるいは高機能集積回路の実験装置などがあります。
 放射光科学研究センター内にある超高速電子ビーム周回装置は、VBLの目玉の一つです。周長十三・七メートルの円周上に配置された電磁石により、光速の九九・九九九五%まで加速させた電子を周回させ、高品位X線(白色光に対するレーザ光のような波長・位相のそろったX線)を任意の波長で発生させることができます。また、レーザー光と正面衝突させることにより、非常に波長の短いX線を発生させるなどの研究にも使われています。これらのX線は、医学や工学などさまざまな分野での利用が期待されています。
 なお、周回装置は電子ビームを周回・加速させる装置であり、もとになる電子ビームは、放射光科学研究センターのマイクロトロンからセンターがビームを必要としない時に頂いてきます(もちろん料金は払いますが)。このためにマイクロトロンに隣接して周回装置が設置されているわけです。


VBL建物外観図

VBL建物内配置図
(超高速電子ビーム周回装置は別棟に有ります)


超高速電子ビーム周回装置
電子は左手前の細いパイプから入り8つの電磁石で囲まれたリング内をほとんど光の高速で回ります




 教育・研究の現状 
 VBLは研究施設であると同時に、大学院生に対して正式に単位の出る講義および実験を独自に行っている点で、ユニークな施設と言えます。
 講義は各研究科の院生が受講するため、夏休みを利用した集中講義となりますが、年度毎にテーマを決め各分野の第一人者を学内外から講師として招いています。受講生は百人を超え、時間の許す限り通信衛星を利用して岡山大学のVBLと結び、お互いに講義の交換をしています。また、インターネット上に映像及び音声をリアルタイムで流しており、時間の都合で講義室まで行けない院生あるいは教官は、自室から講義に参加することも可能です。
 VBLでの研究は、新光源、ソフトマテリアル、電子機能材料およびインテリジェントメカニカルシステムの四つの柱に分かれています。工学、理学および生物圏科学研究科から、十五人を超える教官とほぼ同数の院生および十名の非常勤研究員がVBLに集まり、それぞれのテーマに従って研究を行っています。研究内容の詳細についてはVBLで発行している年報をご覧下さい。
 なおVBLでは、院生独自のアイデアに基づく研究を支援しており、院生からの申請に対し審査の上採択された研究課題に対しては、研究費を配分しています。
 生い立ちにも書きましたように、VBLは設立当初から、理工系の研究科がお互いに協力して運営に当たってきました。現在もその形態を引き継いでおり、VBLでは管理・運営に関する仕事の内容を幾つかに分け、ワーキンググループ(WG)を作って、それぞれの仕事については、担当のWGに全てをまかせるという方式を取っています。
 WGはそれぞれの仕事を計画から実行まで全て行います。このため組織自体に流動性があり、さまざまなキャラクターによりユニークな仕事ができる環境となっています。これは一つには、VBLには専任の教官が一人もいないことに関係しています。もともとVBLには専任を付けないという文部省の方針もあり、また大学としても「ない袖は振れない」という状況からきています。
 このような全くのボランティアとも言うべきWGにより、現在のVBLが成り立っており、このシステムは非常にうまく機能していると自負もしています。しかし、VBLの運営方針や将来像と言った戦略レベルの話になると、残念ながらボランティアでできる仕事とは思えず、やはり大所高所からVBLの戦略を考える専任教官が必要であることを痛感しています。

今年5月22日のベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの研究成果発表会の一コマ



 VBLのこれから 
 残念ながら、現在のVBLで最も欠落している部分は、ビジネスに対する方向です。VBLは、直接ベンチャービジネスを起こすことを目的としているわけではありませんが、VBLに求められる成果としては、何らかの形でビジネスに結びつけられるものであることは間違いありません。
 このためVBLでは企業と研究推進連絡会を作り、VBLの研究成果を企業に紹介したり、あるいは企業側の情報や要望を取り入れ研究に生かす道を探っていますが、ビジネスを視野に入れた場合、最終的にはVBLでの研究成果を、特許という形に結実させる必要があります。このためには特許の取得に関するシステムや費用など、多くの問題を解決しなければなりません。地域共同研究センターなどと共に、なんとかリエゾンオフィス的な性格を持った機構あるいは組織ができないかと検討しています。
 VBLは、設立に係わった人たちの間ではLASTという名前で呼ばれていました。Laboratory for Adventure in Science and Technologyの略で、科学技術のアドベンチャーのためのラボラトリーという訳になるでしょうか。
 ルーチン的なあるいはルーチン的に教育・研究を行うのではなく、アドベンチャー精神で取り組もうという意気込みの名前です。諸般の事情から現在の名前に落ちつきましたが、アドベンチャー精神を忘れることなく、あらゆる可能性にチャレンジするラボラトリーでありたいと思っています。





広大フォーラム30期2号 目次に戻る