自著を語る

『サイコオンコロジー:がん医療における心の医学』
著者(編著)/山脇成人
 (B5判,365ページ)4,700円
 1997年/診療新社

文・ 山脇 成人


情報開示と現代医学

 最近は県知事の交際費公開、国会議員の資産公開、銀行の経営内容公開とか、何かにつけて情報公開が叫ばれているが、医学の領域も例外ではない。
 従来、患者は専門家である医師に治療はおまかせします、という姿勢で臨むのが常であった。ところが、患者の消費者意識と権利意識の向上に伴って、病状や治療法について十分に説明し、患者の同意が得られて初めて医療行為が成立するという「インフォームド・コンセント」が当然の流れとなってきている。
 なるほど、この理念は現代社会では受け入れられやすく、傲慢な医者を排除するには効果的で、国民の賛同を得ていることには間違いない。
 しかし、国会議員の不正や企業の経営内容の適正化のための情報開示とは異なって、インフォームド・コンセントには複雑な問題が潜んでいる。それは、患者にとって、不利益な情報開示が少なくないという事実があるからである。
 この代表が「がん」である。手術をするか、抗がん剤の治療を受けるかなどの治療選択は、「がん」という病名が告知されて初めて成立する。わが国のがん告知率は三〇%未満と言われており、インフォームド・コンセントの前提である病名告知がなされていない、いや病名告知ができる環境が整っていないというべき矛盾が存在している。


がん医療と精神医学

 現代医療の技術の進歩はめざましく、わが国は世界一の長寿国となったが、わが国の死亡率の第一位はがんであり、年間死亡者の四人に一人はがんである、という事実はがんを克服することがいかに困難かということを示している。
 これまでの医学は、がん細胞を撲滅することを目標として、莫大な研究費を投入してきたが、その陰で、現代医療では完治できない患者が多く存在することに目を背けてきた。しかし、余命幾ばくもない末期がん患者のターミナルケアの必要性を、社会から切実に求められ、がん細胞を撲滅するだけを目標としてきた現代医療が、「病気を診るが人間を診ない」という医療批判につながり、大きな壁にぶつかっている。
 一方、精神医学については、わが国では社会的偏見が強く、その無理解の程度は他の先進国に比べて恥ずかしい限りであるが、バブル崩壊後の若者の事件の多発や子供のいじめ・不登校などの増加に伴って、やっと精神医学の重要性が認識されるようになった。
 これまでがん医療と精神医学は全く無関係の分野と理解されていた。しかし、がん患者の病名告知後の精神的ケア、末期がん患者のQuality of Life(QOL)向上のための精神的サポートなどが、がん医療に不可欠であることが認識され、この領域の学問分野を取り扱うサイコオンコロジー(Psychooncology:精神腫瘍学)が注目されるようになってきた。


国立がんセンターにサイコオンコロジー研究部門設置

 広島大学医学部は、わが国のサイコオンコロジー分野ではパイオニア的存在であり、がん医療の頂点とでもいうべき国立がんセンターに平成七年に設置された精神腫瘍学研究部の初代部長には、本書の共同編者で広大医学部精神医学講座の元講師の内富庸介氏が就任した。
 サイコオンコロジーは、がんが患者の心に及ぼす影響を研究し、がん患者のQOL向上に貢献する方法論を確立するだけでなく、心の状態ががんの進展や予後に影響を及ぼすことが報告されていることから、がん患者の精神状態を前向きにすることで、がん細胞の増殖を抑制しようとする精神免疫学に関する研究も重要なテーマとしている。
 本書は、わが国最初のサイコオンコロジーの教科書であり、その歴史、概念や具体的な方法論をまとめてあるので、医療関係者のみならず、がんになるかもしれない一般の人にもぜひ読んでいただきたい。


プロフィール        
(やまわき・しげと)
◇広島県広島市生まれ
◇一九七九年広島大学医学部医学科卒
◇専門:精神医学・精神薬理学・サイコオンコロジー   
◇医学部教授

            




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