地域に根ざした研究を 

工業技術院物質工学工業技術研究所
  構造解析研究室長 八瀬 清志

 私は一九九二(平成二)年四月に東広島からつくばに移り住みました。アッという間の六年間だったように思います。それ以降、一、二度学会出席のために東広島のキャンパスを訪れただけで、非常にご無沙汰いたしております。
 ふとした縁で一九八四(昭和五十九)年に、当時福山にあった生物生産学部の助手として赴任しました。東広島への学部移転を含め、九年間の大学での思い出は、自らの若かりし時代と大きく重なっています。この場を借りて関係各位にお礼申し上げます。


時勢に機敏に対応

 さて、私の現在の所属は、国立の研究所および民間企業の基礎研究所が集まっているつくば研究学園都市にある通商産業省工業技術院傘下の物質工学工業技術研究所です。この研究所は、化学および材料に係わる物質工学により、省資源、省エネルギー、環境調和性、安全性等に優れたものを開発し、新規産業の創出を目的としています。
 目下、「光電子機能に優れた有機および高分子薄膜の作製と構造・物性評価に関する研究」を行っていますが、この研究プロジェクトをはじめ、国のプロジェクトの大半は企業との共同で行うこと、少なくともプロジェクト終了後には産業への波及効果が十分に高い研究のみが採択される傾向があるようです。
 今でこそ、数値目標を掲げた開発研究を行っていますが、五年前のバブル全盛期には「基礎指向」の研究も国立研究所の主目的であるようにいわれていました。
 このように、政治経済情勢に機敏に対応(追随)しているのが、国立研のようです。特に、二○○一(平成十三)年の省庁再編に合わせ、国立研は「独立行政法人」(エージェンシー)になるわけですが、そのための機構改革も着々と進んでいます。


地域の自然と文化を育てよ

 一方、広島大学の動きを見ていますと、先端物質科学研究科の新設に見られるように、各学部での活発な教育・研究に加え、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)や東広島サイエンスパークに次々と設置された種々の研究機関(広島大学地域共同研究センター、広島テクノプラザ、広島産業科学技術研究所、国税庁醸造研究所等)を介しての地域、民間企業との密接な関係が伺えます。
 日本における研究開発は、研究費の投入額、研究者人口、特許および論文数など、いずれの数値を見ましても、依然として民間企業が主体であり、それに大学および国公立研究機関が続いています。大企業の研究機関は首都圏に集中しており、生産工場が地方に移ったとしても、研究開発の主力は首都圏に残したままである場合が多いようです。
 したがって、地方復興のための研究開発は、主に大学および国公立の研究試験機関に依存することになるわけですが、残念ながら、大学の研究者(自らもそうでしたが、)は中央指向で、地域に根ざした研究というのは限られているように見えます。
 しかしながら、日本経済は、いわゆる中小企業に依存していることも事実です。さらに、それらの中小企業は全国に分散して存在しています。私も、九州のとある県立工業技術センターの特別研究員として二年間にわたり四半期ごとに訪問しましたが、そこの研究員は、地域の中小企業の製品の分析および標準化のための日常業務が主でした。したがって、新製品の開発のようなリスクの高い研究はもとより、地域の自然と文化を育てはぐくむ研究は、各地域の大学でこそ要請される「業務」であり、期待されている分野であると考えます。中国地域、および西日本の主幹大学としての広島大学のますますのご発展を祈願してやみません。



プロフィール        
(やせ・きよし)
◇一九五四年 兵庫県生まれ
◇一九八三年 京都大学大学院単位修得退学後、京都大学研究員を経て一九八四年から広島大学生物生産学部勤務
◇一九九一年 同助教授
◇一九九二年 通商産業省工業技術院繊維高分子材料研究所高分子物理部構造解析研究室主任研究官
◇一九九三年 研究所再編により物質工学工業技術研究所高分子物理部構造解析研究室主任研究官
◇一九九六年 同研究室長
◇一九九七年 同研究所高分子物理部薄膜グループ グループ・リーダー
            




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