自著を語る
改訂版『心臓ペーシング/基礎と臨床』
著者/松浦雄一郎
(B5判,187ページ)5,000円
1997年 メディカ出版
文・
松浦 雄一郎
医学の発展を支えた科学技術
本著の原版は一九九一年に出版したものであるが、このたび、改訂版『心臓ペーシング/基礎と臨床』を出すことになったので、ここに紹介したい。
近年の医学はめざましい発展を遂げつつあるが、それら医学の発展を支えてきた屋台骨の一つに、医療機器、人工臓器を挙げることができる。ことに二十世紀における科学技術の飛躍的な進歩として、一九四三年にギボンが心臓手術のための人工心肺装置を開発、一九四四年にはコルフが人工腎臓を開発している。
相前後して高分子化学、電子工学の発達が車の両輪のごとく働き、人工心肺装置や人工腎臓に加え、単純なものとしてはコンタクトレンズ、義歯、人工血管、多少機能が複雑になる人工弁や人工関節、さらに機能が複雑なものとして植え込み型心ペースメーカー(ペースメーカー)、人工心臓、植え込み型除細動器、人工肝臓、人工膵臓などが作り出されている。
ペースメーカーとは何か
そうした医療機器の恩恵を被り、経済大国のわが国は、世界に先駆けて長寿社会に突入することになった。
しかし、わが国の三大死因はというと、癌、心臓病、脳血管障害を挙げることができる。そうした疾患の中で、医療機器がその効力を最も発揮している対象疾患は心臓病である。心臓病に対する医療機器としては、先にも出てきたが人工心肺装置、ペースメーカー、人工弁、人工血管、人工心臓や植え込み型除細動器である。それら医療機器の中でも機能が最も安定し、また体内に埋め込まれ、広く利用されつつあるものの一つはペースメーカーである。
心臓病の中でも徐脈型不整脈、すなわち一般の人の脈拍数は毎分七十〜八十であるが、それが四十以下になると血液の全身への循環が不足し、気分が悪くなったり、重症の場合は失神、全身痙攣(けいれん)、さらには急死することもある。
ペースメーカーは、それらの治療のために開発されたものである。すなわち、ペースメーカーは前記の病態を有する患者の心臓に、毎分六十〜七十回の電気刺激を送り、毎分六十〜七十回の心臓収縮を作り出す機械である。
ペースメーカーを理解する一助として
著者がペースメーカーの臨床経験をしたのは、三十数年前に遡る。そのころのペースメーカーの働きは単純であったが、限られた施設、例えば大学病院において何とか植え込まれる状態であった。
しかし、近年のペースメーカーは、植え込み方法や扱い方が簡単になり、数多くの施設で植え込まれるほどに普及しつつある。そこで、電子工学および高分子化学の発達とあいまって、安全度が高く、高性能なペースメーカーが次々と作られた。もっとも、植え込み操作は非常に簡単であっても、ペースメーカーの働きを十分に理解した上での利用でない限り、ペースメーカー植え込みは患者の利益につながらない。
そこで筆者は、ペースメーカーを植え込む医師のみならず、植え込みに協力する臨床医工学士、ペースメーカー植え込み患者の経過観察を担う家庭医、ペースメーカー植え込み患者の看護に携わる人たちに、ペースメーカーを理解していただくために本著を手掛けたのである。
初版はことのほか関係者の間では評判で、数回にわたり増刷されたが、この領域の日進月歩は前から指摘されているとおりで、初版が発刊された時から内容を刷新させたい著者の希望もあり、このたび改訂版として改めて発刊の運びとなった。
ペースメーカーに関係される人たちにとって、ペースメーカー理解に多少なりとも本書が役立てば、著者の望外の喜びである。
プロフィール
(まつうら・ゆういちろう)
◇一九三六年 広島県呉市生まれ
◇一九七九年広島大学医学部医学科卒
◇広島大学医学部卒業の後、米国南カロライナ州立医科大学胸部外科留学。県立広島病院第二外科副部長、第三外科部長を経て、広島大学医学部第一外科教授
広大フォーラム30期3号
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