フォトエッセイ(40) キャンパスの動物

文・写真 新飯田俊平(Niiida, Shumpei)
歯学部口腔解剖学第一講座



ジャコウネズミ(スンクス)
Suncus Murinus
 

1.実験動物化され維持されている2種類の"スンクス"。黒色の系統は気が荒く、ベージュ色の系統はおとなしい。

食虫目は哺乳類の基幹動物で、私たちヒトを含む、霊長類の直接の祖先と考えられている。(Romerの図の改変)

3.ジャコウネズミの胎児(左)とその骨格標本(右)。赤く染まっているのが骨,青は軟骨。大部分の骨は、初めは軟骨でできていることがよくわかる。

4.成獣の頭蓋骨の写真(右)と成長期の骨格標本(左)。軟骨は骨に置き換わるので,青く染まる部分(軟骨)がなくなる。完成したおとなの頭蓋は宇宙艇のような形をしている。外見からは想像できない。
  
 ジャコウネズミと言っても、いわゆるハツカネズミやドブネズミの仲間ではない。分類学上は、食虫目(トガリネズミ科)に属す。食虫目というのは、いわばわれわれ霊長類の直接の祖先と考えられている動物である。
 原種は黒色が多く、体長は十五〜二十センチ、東南アジアに広く分布する。日本でも九州や沖縄に多く生息していたが、その数はご多分に漏れず乱開発にて激減した。名前の由来は腹側に麝香に似た香りを出す分泌腺があるからだ。麝香といえば麝香鹿の分泌腺が本家だが、ジャコウネズミの匂いも精製次第では上質の香料になるに違いない。ちなみに麝香牛には麝香腺はない。こちらはその肉に麝香の香気があるところからついた名だ。うそだと思うなら、一度食べて見ればいい。でも保証はしない。
 写真のジャコウネズミは、日本で実験動物化された世界で唯一の食虫目である。現在、黒色とベージュ色の2系統が維持されている。最近では普通のネズミ(齧歯目)と勘違いされるので、学名をとってスンクス、などと呼ばれている。
 食虫目はわれわれ人間の形態や機能の原形をとどめている可能性がある。そういうわけで、比較解剖学や比較免疫学などの分野で利用されている。このネズミは、目を回すと嘔吐反射を起こすので、乗り物酔の薬の研究にも使われているという。目が回ると、彼らも気持ちが悪くなるらしい。
 私たちは、このネズミの胎児をとって、骨や軟骨の形を調べている。大人の頭蓋骨は、外見と違ってスペースシャトルのような形をしている。外見の丸みを作っているのは捕食のための筋肉である。下顎の骨には顎関節が二つあり、複雑な動きをする。なぜこうした形ができたのか。爬虫類から哺乳類に至る歴史を垣間見る。進化の道筋を辿るのに、なにも化石ばかりに頼ることはない。


   

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