医学部保健学科は今  

文・写真 梯 正之(Kakehashi, Masayuki)   
医学部教授

時代の要請からできた保健学科
 医療技術や公衆衛生の進歩・発展により、多くの人が長生きできる時代がやってきた。その中で、保健・医療の知識や技術はいっそう高度なものとなり、専門領域が細分化されてきた。一方、多数の高齢者の健康を支えるためには、医師以外にも多くの高度な専門的医療人が必要となってくる。
 そのような社会の要請に応えるため、現在医療人養成機関の四年制大学化が進められている。広島大学医学部保健学科も、このような期待を担って一九九二年(平成四年)四月に生まれたのである。


広大保健学科の特色は?
保健学科ならどこでも同じというわけではない。では、広大保健学科の特色は何だろうか。
 特色その一は、「先頭の方を走っている」ことであろうか。
 保健学科内には看護学専攻・理学療法学専攻・作業療法学専攻の三専攻があるが、理学療法学専攻および作業療法学専攻はわが国最初の四年制大学であり、看護学専攻も東京周辺と沖縄以外では、国立大学における初めての四年制大学であった。
 それには、こんなわけがあると聞いている。もともと本学は、医師以外の医療職(コメディカルスタッフ)養成のアップグレードは進んだ方ではなかった。むしろ最後尾を走っていた。文部省は、国立大学での養成機関を附属専門学校→医療技術短期大学部→四年制保健学科(看護学科)という段階を経て移行させる方針だったが、広大は医療技術短期大学部への移行が遅れてしまい、いっそのこと一挙に四年制に移行させてしまうことになったそうである。何が幸いするかわからない。関係各位の慧眼と努力のたまものであり、ありがたいことである。
 特色その二としては、「医学部内の三学科」ということもある。
 本学医学部は、医学科の他に総合薬学科があり、今回の保健学科の設置で、国立大学医学部では全国で唯一の三学科体制となっている。今日の趨勢である専門化の進行は諸専門領域の連携をともなって初めて機能する。医療に関連した専門領域の養成機関が一つの学部内にあることで、相互の連携をよくする大きな可能性を秘めているといってよいだろう。


保健学科のこれまでの歩みと現在のプロフィール
 紹介が遅れたが、現在の保健学科の陣容を時系列をたどって述べておこう。
 医学部保健学科創設準備室が設置されたのは八九年(平成元年)五月のことであった。当時は、看護学の四年制大学教育は全国でわずか七校のみで、ほとんど関東に集中しており、理学療法学・作業療法学に関しては、専門学校・短大のみで四年制大学教育は皆無であった。
 そして九二年(平成四年)四月、医学部保健学科が設置された。最初の入学試験は、予算成立の関係上九二年四月になって行われた。看護学専攻六十名、理学療法学・作業療法学専攻各三十名で、一学年の定員は全部で一二〇名であった。その後、看護学で十名、理学・作業療法学で各五名の編入生を三年次に受け入れるので、収容定員は総勢五二〇名の大所帯ということになる。
 設置初年度には数人しかいなかった教官も、最初の卒業生を送りだした九六年三月の時点には、教授二十三、助教授・講師十二、助手二十三の総数五十八名という現在の陣容がほぼそろっていた。
 看護学専攻に、健康科学・基礎看護学講座、臨床看護学講座、地域・老人看護学講座、理学療法学専攻に基礎理学療法学講座、運動・代謝障害理学療法学講座、作業療法学専攻には基礎作業療法学講座、身体・精神神経作業療法学講座と、計七つの大講座がある。
 この後、おかげさまをもって大学院が首尾よく設置されていく。九六年(平成八年)四月、大学院医学系研究科保健学専攻(修士課程)設置(一学年定員三十四名)、九八年(平成十年)四月、大学院医学系研究科保健学専攻(博士課程後期)設置(一学年定員十七名)で現在に至っている。幸い志願者も多く、定員も十二分に充足されている。フレッシュな院生が大勢入り活気づいている。

保健学科校舎

保健学科配置図


学生はどんな勉強をしているのか?
 最近になって、大学生は勉強していない、大学を「出にくくすべし」といった指摘が強まっているが、保健学科に限っては(本学ではもちろん他の学部でもそうだと思うが)きちんと勉強しなくてはけっして卒業できない。さらに、医学科・総合薬学科もそうだが卒業しただけでは、医療人として働くことはできない。国家試験に合格して資格を得なければならない。
 教養的教育科目は、他の学部の学生とともに東広島キャンパスで学ぶが、専門科目から霞で勉強することになる。さらに、実習・卒業研究が続く。他の学部・学科と違って選択科目は極端に少なく、学生はみんな同じ時間割にしたがって勉強するのが特徴かもしれない(ローテーションで計画してある実習もあるが)。


卒業した学生の進路は?
 世の中就職難で明るい話題にこと欠いているが、保健学科は少し事情が異なるかもしれない。学科を卒業して取れる資格(国家試験の受験資格)は、看護婦・看護士、保健婦・保健士、助産婦、理学療法士、作業療法士であり、また、養護教諭の免許も取得できる。
 平成七年度から九年度までの三年間の卒業生三九四名のうち、就職者三一六名(看護婦・看護士九十六、保健婦三十九、助産婦三十、養護教諭六、理学療法士七十、作業療法士七十三、その他二)、大学院への進学者六十八名となっている。社会の要請で作られたためであろう、就職の「超氷河期」と称される中で間氷期にある。


学科の誕生に立ち会って思うこと
 大きな十階建ての新校舎(学部棟)が完成し、大学院に博士課程が設置され、ここに来るまで何もかもスムーズに苦労もなく歩んできたように思われるかも知れないが、それは、大きな誤解である。
 第一期生が学生時代のほとんどを送ったのは、あの東千田キャンパスで、総合科学部の皆様が使っておられたそのあとの"年季の入った"校舎だった。無論教官も同じである。学科の新設というと新入生は最初から明るくきれいな新校舎で勉強できるような「錯覚」を抱くが、そんな甘いものではなかったのである。一期生の皆さんには申し訳なかったような気がする。
 しかし、放浪生活はこれで終わりではなかった。そこからすぐに新校舎に移ったわけではないのである。霞キャンパスに戻ったものの新校舎は西側半分しか完成しておらず、講義は新校舎と旧看護学校の講義室などに分かれ、教官のほとんどは旧看護学校の寄宿舎でさらに二年の歳月を過ごしたのである。新校舎の完成・引っ越しは、九七年の十二月のことであった。
 保健学科の校舎は新しくきれいなので、他学科の学生・先生たちから大変うらやましがられているようだ。あの、各地を転々とした苦難の時代を知っているわれわれも本当にうれしい。しかし、校舎の外観は立派でも内部はまだ設備も十分整備されていないところが多々あり、今後の大学院棟の建設と設備の充実に懸ける期待は大きい。


学生実習


むすびにかえて
 保健学科の「成人式」とでもいうべき、この春の博士課程後期の設置を記念して、学科紹介パンフレット『広島大学で学ぶ保健学─看護学・理学療法学・作業療法学の世界─』を作成した。学科の理念、学部・大学院の教育の魅力、興味深い各研究室の研究内容、学生の進路などが、四十ページにわたってわかりやすく紹介されている。
 現在『広島大学で学ぶ保健学』は保健学科ホームページでも公開中なので、興味をお持ちの皆さんはぜひご覧ください。
(URL:http://www.med.hiroshima-u.ac.jp/med/hoken/
 学科では、若くてやる気に満ちた学生さんの参加を待っています。

謝辞:写真の掲載にご協力いただいた方々に感謝いたします。





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