留学生の眼(66)

  日本人の言葉遣いから学んだこと  

文 写真・ 万 光華(Wan GuangHua)
大学院生物圏科学研究科
生物生産学専攻博士後期
(中国四川省重慶市出身)

 

 日本に来てもうすぐ五年になります。日本や日本人に対して、少しは分かったようなつもりになっていましたが、最近、そうでもないと感じています。
 日本人はとても丁寧でお辞儀が大好きな民族だ、と日本に来る前によく耳にしていました。それに、来日した時から、とても分かりにくいのですが、日本人の言葉遣いに興味を持ちました。日本人、特に年輩の方の言葉遣いが非常にうまい、と思うことが少なくありません。
 よく耳にする言葉遣いに「お願いします」、「お邪魔します」、「お先に失礼します」、「お疲れさまでした」などがあります。これは自分のことを考える前に、他人のことを考えてから話をするときに使う言葉だと思いますが、それ以上に深い意味のある言葉ではないでしょうか。このような言葉が、きっと相手によい気持ちを与えてくれると信じています。
 先生の自宅に電話すると、奥様が出て必ず「お世話になっております」などと挨拶をされます。「世話になる」というのは、いろいろと面倒を見てもらったり、力を尽くしてもらったことに対する感謝の気持ちだと思っていました。だから、先生の奥様から「お世話になっています」と言われると、正直に言って最初はびっくりしました。「どうしてそんなこと言うのですか。こっちこそお世話になってばっかりなのに…」と思ってしまいました。
 でもよく考えたら、この表現は相手に感謝の気持ちを伝えるだけではなく、相手のことを自分と関係のある人として認知したということも暗に伝え、親しみを表そうとしているのかもしれません。
 このように丁寧な言葉を使い分けることは、社会ではとても大切なことだと思います。個人的には何の関係もない会社に、通訳の仕事で用があって電話をするとき「広島大学の留学生の…ですが」と言うだけで、相手に「いつもお世話になっています」と返事をされることが多いのです。これは自分の所属している会社が、いつも「お世話になっている」と言うことだろうと思います。そう言ってくれると、全く未知の相手ではないような気がして、少しほっとします。
 知人や友人の家へ招かれたり、何かしてもらったりすると必ず、「この間はどうもありがとうございました」と受けた好意についてお礼を言います。最も面白いのは、知人の家に遊びに行って、大変ご馳走して頂いたのに、次に会った時に「この前家に来て頂いて、どうもありがとうございました」などと挨拶をされたことです。
 このようなお礼の挨拶は、お互いのつながりを重視する価値観に関係していると思います。しかし同じ言い方をしても、人によっては必ずしもこの意味で使っていないのではないでしょうか。ただ慣れた口癖のような挨拶もあるように思います。
 日本人は相手とのコミュニケーションについて、「今だけ、この場だけの関係」ではなく、「過去から今までの関係」、そして「未来」においても相互関係を保つ、ということにも強い関心を持っているのではないでしょうか。
 私はこのような上手な言葉遣いが大好きで、両親への手紙の中で何度も使って誉められました。しかし、残念なことに日本に長くいればいるほど、この上手な言葉遣いは奥が深く、訳が分からなくなって、段々苦手になってきました。ただ言葉だけではなく、ちょっとした表現の違いで自分の気持ちまで伝えられるようになれば、生まれ育った国や文化を越えて、本当の心の交流ができるようになると思います。
 私の周りにも、表現の違いによって相手に不愉快な思いをさせた、という経験を多くの人が持っています。心では好意を持っていても、相手を怒らせてしまうこともあります。丁寧な日本語や敬語が使えれば、そういうことも少なくなると思います。
 しかし、たとえ間違った日本語や少々乱暴な日本語を使ったとしても、それには悪意がないことを分かってほしいのです。互いに心から理解し合えれば、少しの言葉のすれ違いが交流の壁になることはないと思います。
 日本に来て五年経った今、言葉の奥深さや大切さを感じると共に、心での理解がさらに大切であると思います。

中国からの研修生と水島製造所の方々との交流で(水島製造所:岡山県倉敷市)






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