フォトエッセイ(41) キャンパスの動物

文・写真 植松 一眞(Uematu, Kazumasa)
生物生産学部水族生理学研究室
       


エンゼルフィッシュ
angelfish, Pterophyllum scarale
 

写真1 並エンゼルの親魚が卵の世話をしている

写真2 ゴールデンエンゼル

写真3 脊髄運動ニューロンを標識した標本

写真4 大きな卵黄を持つ孵化仔魚

写真5 餌をいっぱい食べている仔魚

写真6 鰭が伸びて親と同じ形の稚魚
  
 エンゼルフィッシュという魚は海産魚にもいます。しかし、我々が研究の対象にするのは、アマゾン川水系などを古里とする淡水魚、シクリッド科のエンゼルフィッシュです。
 この仲間は三種類知られています。我々のエンゼルはそのうち一番ポピュラーなスカラレエンゼルで、一番優しい顔をしていると思います(写真1)。どのエンゼルも白地に四本の横縞が特徴です。しかし、最近では、この原種に近い姿の魚をペットショップで見ることは希で、奇妙な色や形の変種しか置いていない店が多いようです。
 中には研究の役に立つ変種もいます。それはゴールデンエンゼルと呼ばれる魚です(写真2)。これは中枢を被う色素細胞を欠くので、標識した神経細胞を顕微鏡で容易に観察できます(写真3)。そこで我々はこの二系統を維持し、目的により使い分けています。
 我々がエンゼルを選んだ最大の理由は、熱帯魚なので一年中卵が採れることです。それで周年にわたり実験ができます。また、孵化仔魚のサイズが適当なので、飼育や実験が容易なことも大きな理由です(写真4)。
 エンゼルのペアは、水槽では塩ビのパイプに好んで産み付けます。多くの場合、産卵したらすぐにパイプを別の水槽に移し、胚や孵化仔魚を実験に用います。そうすると親は十日おきくらいに産卵します。
 仔魚は孵化後五〜六日目に泳ぎ始め(写真5)、一か月くらいで親と同じ形の稚魚になります(写真6)。エンゼルの仔魚には面白い習性があります。通常、粘液でパイプにぶら下がりながらゆっくりと尾を振っている孵化仔魚は、照明が急に弱まると数秒間激しく尾を振ります。薬で動かなくした魚から脊髄ニューロンの活動を記録する際に、これが利用できます。この標本の神経系も明かりを消すと同時に泳ぎ始めるのです。これをfictive swimmingと呼んでいます。残念ながら、この反応は孵化後五日目以降には起こらなくなりますので、以後は体表を軽く電気刺激して神経系を泳がせます。
 エンゼルフィッシュという材料を使い、遊泳運動の背景にある神経機構の形成過程・成熟過程を追求することにより、脊椎動物に共通する運動制御の原理に少しでも近づくことが我々の夢です。今後は神経活動の光学的記録や、伝達物質受容体遺伝子の発現などに挑戦したいと考えています。専門家諸子のご協力とアドバイスを期待します。


 

写真7 魚類神経生理グループ(右端が筆者)
 

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