カウンセラーとしての期待 
−「壁」に開いた穴の意味−

文・兒玉 憲一(Kodama, Kenichi)
保健管理センター

「壁」の崩壊

 これまで本学で異なる学部学科や同じ学部の異なる学科に籍を移すこと、つまり転学部を希望する学生にとって、「志望する学部学科等に欠員がある場合に限り、許可する」という「欠員条項」は大きな「壁」として立ちはだかってきた。
 それが平成十年十月二十日をもって撤廃された。これは学生相談に携わる者にとってベルリンの壁が壊されたのと同じような歴史的な事件であり、深い感慨を抱いている。


「壁」崩壊前の学生たち

  高校や予備校で熟慮の末に決めたはずなのに、ある調査によると本学の新入生はすでに入学の時点で学部によって数〜二〇数%、全学平均で一〇%弱が転学部を希望している。また、将来の進路に関する情報をあらたに得るたびに、今の学部でいいのかどうか迷う学生も少なくない。
 学生生活は、進路をたえず再検討する過程といってもよい。その過程で、これまでの方針通りに進むことを再確認する者もいれば、進路の大幅な変更を考えざるを得ない者もいる。
 後者のなかで、現在所属する学部学科が自分の希望する職業の基礎を与えてくれないと思う者は、まず本学のなかで転学部できないものかと考える。ところが、彼らの願いはこれまでほとんど「欠員条項」のために門前払いにされてきたといえる。


ハードルの多い再受験

 「壁」に直面した学生が、次に考えるのは再受験である。
事例一
 A子さんは、センター試験直前に引いた風邪のために試験では不本意な成績となり、急きょ二次試験を第二志望の学部に変更して入学してきた。しかし、第一志望の学部で学ぶ夢を捨て切れず、五月からは大学を休み受験勉強を再開し、翌春に再受験し念願の学部に合格した。
 実は、A子さんのような成功例は意外と少ない。再受験には多くのハードルがあるからである。
 まず、親の了解を取り付けるのがむずかしい。現役で入学したのならばともかく、浪人した学生には親はなかなか首を縦に振らない。また、一旦大学生になり自由を味わった身でまた受験生に戻るのは至難の技である。たとえ初志貫徹したとしても、親にしてみれば「せっかく広島大学という総合大学に入学したのに、なぜ再受験でお金と時間を浪費しなければならないのか」という不満と、「また再受験したいと言いだすのではないか」という不安が残る。


進路変更の延期

 再受験に失敗したり、ハードルが越えられずに再受験を断念した学生たちのなかに、進路変更をひとまず延期する者がいる。
事例二
 B男君は、大学の授業に出ながらも受験勉強を続ける「仮面浪人」であったが、翌春挑戦した再受験に失敗した。
 そこで彼は学部段階での進路変更をあきらめ、大学院進学の時点で進路変更することを目指した。幸い、学部段階で地道な努力を重ねて念願の分野の大学院に進学することができた。
 B男君のように進路変更をひとまず延期し、とりあえず現在の学部学科を卒業して、学士入学や大学院進学という方法で希望する分野に入り直すことができるには、いくつかの条件がある。
 まず、現在の学部学科に対する不適合感があまり強くないこと、次に、相当忍耐強い性格の持ち主であることなどである。このような学生は、比較的すっきりした気持ちで卒業を目指すことができる。
 ちなみに、そのような雌伏の時期に現在の学部学科の良さを見直し、進路の再々変更を果たす、つまり周囲から見れば「元の鞘におさまる」学生も少なくない。


学業からの離脱

事例三
 C男君は医学部志望だったが三浪しても果たせず、親に説得されて他の理系学部に入学した。しかし、本来の志望と異なる学部の授業に興味が持てず、一年の後期から不登校状態に陥った。
 その後、一年余りアルバイト中心の生活をしていたが、復学の意思が全くなくなり、本学を退学して医療系の専門学校に進んだ。
 C男君のように、「壁」に直面して、一時学業から離脱してしまう学生も少なくない。つまり、再受験もうまくいかず、一旦は進路変更を延期したものの、医歯系や教育系の学部のように職業教育的な授業の多い学部では、忍耐力にも限界があり、次第に現在の学業を続ける意欲が低下し授業を休みがちとなる。
 アルバイトやサークル活動など副業に専念するのはまだいい方で、自室にひきこもったり、極端な場合は行方不明になったりする。本学ではここ数年、成績不良者や聴講届の未提出者はチューターからカウンセラーに紹介してもらうようにしているが、そのような学生のなかにこのタイプの学生をよくみかける。こうした学生は、C男君のように、結果的には就職や専門学校入学を選択して本学を去っていくことになる。


新制度の波及効果

 冒頭で「欠員条項」の撤廃を「壁」の崩壊と述べたが、転学部受入れ数には上限があるので、正確には一部の人だけが通り抜けられる穴が開けられたようなものである。ただ、進路に迷う学生にとって、一定の条件を満たせば転学部試験に挑戦できるようになったことは、大きな意味がある。
 前述した再受験や進路変更の延期という方法に加えて、もう一つ選択肢が増えたことになる。また、年度末に転学部試験があることは、進路に迷いながらもとりあえず現在の学業に励むことに積極的な意味を見い出すことができる。そのために、前述したような学業離脱組の学生がある程度減少するという波及効果も期待できるかもしれない。


転学部の現実を周知させる

 ただ、過剰な期待は慎まなければならない。新制度は、あくまで勉学意欲のある学生が、より適切な環境で学習できるようになるための一助であり、現実の困難を回避し夢を追い続ける「青い鳥症候群」の学生の救済策ではない。
 学生諸君は、転学部が認められるのは一回限りであり、いわゆる「転学部リピーター」はありえないことを認識すべきである。また、学士入学、再受験、編入学など既存の進路変更の方法で他大学や高専から本学に入ってきた学生諸君と同様に、転学部を果たした学生は、新たな分野の不慣れな授業についていくことや、新たな人間関係を再構築していくうえでそれなりの苦労をすることも覚悟する必要がある。
 転学部希望の学生諸君は、チューターをはじめとする教職員から、希望する学部学科に関する情報を事前に十分得てほしい。必要ならば、総合科学部学生相談室、就職センター、保健管理センターなどの相談窓口でカウンセリングを受けることを勧めたい。
 また、これは本誌への提言だが、新制度により転学部を果たした学生諸君のその後の経験を後輩に伝える機会をつくり、転学部生のありのままの姿を他の学生に周知徹底していくことも必要かもしれない。
 いずれにしても、この制度が真に本学の学生の職業的アイデンティティの確立をサポートするようになるためには、転学部試験が「絵に描いた餅」に終わらずに、必ずすべての学部で実施されること、さらに今後の経験をもとに改良が続けられていくことを期待したい。






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