感謝と愛の心

広島大学長 原田 康夫




  皆さん御卒業おめでとうございます。 皆さんは、我が大学の統合移転が完了し、少し落ちつきをみせた時の卒業で、広島大学の発展の様子を直接みてきましたが、同時に、二十世紀も終わろうとするまさに世紀末の卒業生であります。
 皆さんの在学中は、我が国が社会的に大きな変動のみられた時期で、経済の面では大きな破綻がみられ、大手銀行、証券会社、生命保険会社、ゼネコンなどこれまで日本経済を支えてきた大企業すら倒産する、という大きな事件が相次いで起こりました。
 これらの状況下で、政府は、大型補正予算で景気回復をめざし、その内容がこのたび発表されました。広島大学にとってはまことに有り難いことに、この大型補正予算で、私の附属病院長時代から十五年間の念願であった広島大学医学部附属病院の病棟建設が、いよいよ今年から始まることになりました。
 また、理学部の大学院の重点化も認められ、昨年の大学院先端物質科学研究科の重点化を口火として、広島大学は大学院大学として歩み始めました。これで、日本を代表する大学に昨年よりさらに一歩前進したことになります。
 広島大学は、このように着実にかつ飛躍的に発展してまいりましたが、今日、国立大学に対する社会の眼は厳しく、大学民営化論、独立行政法人化論などが政府内でも起こり、本年度は国立大学全体でこの問題の対応に大変な年でもありました。
 このような社会状勢の中での卒業で、皆さんにはこれまでになく就職状況の大変厳しい時期となりました。いまだ就職の決まらない人も数多くいるでしょう。
 基本的に、就職は自ら切り開くものです。自分の進もうとする道を探し求め、それを強く求めるなら、必ず道は開け与えられるものです。私はそれを確信しております。 それは皆さんの人生に対する願望であり、いかに生きるかを自らに問うことでもあります。
 二十世紀の経済の発展は、近代科学主義、合理主義の名のもとに大きく発展しました。また、これらの考えは、教育の理念にも取り入れられましたが、それは今日の教育の危機を招き、遂にこのたびの中央教育審議会の答申では、科学主義、合理主義を越える「心の問題」、「心の教育」ということが取り上げられています。
 宗教を人生の基盤にもつ諸外国では、心の教育ということが今さらとりあげられる必要はありません。日本でもかつては、「心の教育」をことさらに取り上げなければならない社会環境ではありませんでした。しかし今日の、心を忘れた合理主義、科学万能主義などの教育理念の実践が、青少年の心を大きくむしばむ要因ともなったと思われます。
 心だけでなく、地球環境も大きく損なわれてきました。このままいくと二十一世紀には、地球に何が起こるのでしょう。ここで我々は二十世紀の近代合理主義を正しく吟味し、反省し、次の時代は、高い知性と美意識をもって未来をみつめなければなりません。それには、失われた心を再び呼び覚まし、物の本質を見きわめる高い精神性を取りもどさねばなりません。
 また次の世紀を生きるのに最も必要なことは、「感謝する心」であります。宇宙によって生かされている我々は地球に、祖国に、そして家族に、友人に、身近な動植物に感謝することであります。感謝と愛の心をもつことにこそ、身近な平和が宿り、この個人の多くのつながりが社会の平和として成りたつのです。
 一人ひとりが感謝と愛の心を持たない、経済至上主義、自己中心の社会は破滅につながり、今日の社会不安の渦が起こる大きな要因です。世紀末の今こそ、志を高く持ち、未来を志向し、一人ひとりが感謝と愛をもって平和の種をまかなければ、人類はやがて破滅に向かいます。
 私は常に言い続け、実践していることですが、長い人生で自分が「好き」な事ならいつまでも継続できます。そしてまた、目標に対し情熱をもって日々精進し継続すれば、何事もならざるものはないということであります。
 二十一世紀は皆さんの世紀です。皆さんのご健闘を祈ります。
 御卒業誠におめでとうございます。



 



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