原爆放射能医学研究所は今  


 現在広島大学で唯一の附置研究所である原医研は,正式には「原爆放射能医学研究所」と言い,舌を噛みそうな名前で霞キャンパスの西側に位置する。ここで学問的に何が行われているかを知っていただき,また,そのプロジェクト達成のために若い研究者の参加を呼びかけたい。
【概要、歴史】
 本研究所は「原子爆弾の放射能による障害の治療および予防に関する学理と応用」を研究する目的で、昭和三十六年に設置された。
 平成六年に研究体制の弾力化と活性化を図るため従来の十部門・一センター制から四大部門(十二研究分野・一センター)制へと改組が行われた。その際、新設二研究分野と国際放射線情報センターが設立され、外国人客員教授二名が加わった。
 研究部門として「環境生物研究部門」「分子生物研究部門」「社会医学研究部門」「病態治療研究部門」の四大部門から成り、附属施設に前記のセンターがあり(フォーラム二十九期四号一五四頁参照)、所内措置として放射線先端医学実験施設が平成十年六月一日付けで発足した。

図1原医研ロゴマ−ク
 RIRBMは研究所の英文頭文字で,研究所が放射線科学と医学により構成されていることを示す。
 中央のRはRadiationの頭文字に鳩の形を組み入れ図案化したものである。鳩は,伝書鳩を表し,国際間の情報伝達及び国際化の意味を表現する。さらにIはInstituteのIを意味すると同時にInternationalのIをも意味し,Iの上のドットは,Instituteで発信された情報の種子を,伝書鳩によりInternationalに伝達することを表現している。
(制作:広島大学学校教育学部教授 河野通男)




【目標、使命】
 この理念に基づく当研究所の目標および使命は以下のとおりである。
 第一の目標は、原爆による放射線障害とその治療に関する研究である。本研究所は学生の教育を主とする学部とは異なり、あくまでも研究が最優先である。すなわち原子爆弾による人体への障害の実態を明らかにし、その治療法の確立を行う。
 この目的のために、放射線の生物影響を医学、生物学的に解明し、得られた研究成果は病態の治療および予防に役立てる。さらに被曝という超大型災害が地域社会や家族のあり方にもたらした影響について資料を収集し、分析を行う。
 第二の目標は研究者と先端的医療を担える専門的医療従事者の育成である。研究所での研究、医療活動を通し大学院生、研究生および研修医に教育と訓練を行い関連分野の二十一世紀を担う優秀な人材の育成に努める。
 第三には得られた成果を公表し、地域社会や国際社会への貢献を図る。
 これらの目標に基づき日夜研究に邁進している。研究所員の個々の学会発表、原著、総説、その他、すべての業績ならびに研究プロジェクトの詳細は毎年発行される広大原医研年報に掲載されている。これは本学の附属図書館で見ることができる。

写真1 第4回原医研主催国際学会



【研究目的・研究課題】
 研究分野の研究課題と業績の一部は、広島大学原爆放射能医学研究所要覧(研究所ホームページを参照のことhttp://www.rbm.hiroshima-u.ac.jp/)に掲載されているので、ここでは簡単に研究目的・研究課題を述べる。
 「環境生物研究部門」の研究目的は、原爆放射能にとどまらず、広く環境変異原物質に対応する細胞、組織および個体レベルでの影響とその機構解明に関する研究である。
 それぞれの分野の研究課題は、(1)放射線感受性細胞を用いた放射線損傷の発現機構と影響評価、(2)放射線ならびに発がん物質に対する個体、培養細胞への発がん・発生異常・ストレス応答に関する研究、(3)ホルモン依存性細胞や個体におけるシグナル伝達系の放射線による修飾ならびに(4)放射線に対する細胞応答反応の分子機構に関して研究が進められている。
 「分子生物研究部門」の研究目的は、被爆が細胞や個体におよぼす生物影響を分子生物学的に解明し、がんなどのヒト疾患の発症機構とその防御について分子レベルで研究することにある。
 それぞれの分野の研究課題は(1)発がんにおける遺伝的不安定性と遺伝子発現機構の解析、(2)ヒト造血器腫瘍の分子細胞遺伝学的研究、(3)がんの分子標的治療、老化と発がんの分子機構、ヒト細胞の外的ストレス応答の分子機構、(4)発がんを制御する遺伝的背景の分子機構解析と遺伝的素因を有する動物モデルを用いた乳がん抑制遺伝子や肝がん発症を制御する遺伝子群の同定と機能解析に関する研究が行われている。
 「社会医学研究部門」では(1)原爆被爆者の疫学的調査解析、放射線影響の地球レベルの調査、解析ならびに疫学的解析方法の研究を目的として次の課題で研究が進められている。原爆被爆者コホートの研究、コホート研究による発がんの評価に関する研究、追跡調査される動的被爆者集団の研究、原爆被爆者の被曝線量推定方式の検討、(2)繰り返し観測データーに関する多重量回帰解析法の開発、コホートデーターのデーターベース構造に関する研究、多次元データー構造に関する探索的データー解析法の研究、発がんの数理モデルの構築等である。
 「病態治療研究部門」は血液疾患や固形腫瘍を研究対象としている。
 研究課題は、(1)白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫などの血液腫瘍や出血性疾患、血栓症に関する分子細胞生物学的病態解析、化学療法、造血幹細胞移植療法、遺伝子診断、遺伝子治療などの臨床的研究、(2)消化器がん、乳がん、肺がんの早期発見とその外科的治療、免疫療法、遺伝子治療、化学療法に関する研究ならびにがん患者のQOLに関する研究である。
 「国際放射線情報センター」の研究目的は、放射線の線量を評価し、放射線の人への影響を解明し、その生物影響のメカニズムを解明することである。
 研究課題として放射線の線量と線質の評価、原爆被爆者対策に関する研究、核爆発によるフォールアウト被曝に関する研究等である。
 このように研究主題は広範囲に及び広い意味での生命科学を中心とした研究が行われている。


【スタッフならびに学部・大学院教育】
 現在教授十五名(外国人客員教授二名を含む)で、助教授と講師は十三名(病院籍一名を含む)、助手は三十名(病院籍五名を含む)である。スタッフの卒業学部は医学部、理学部、工学部、獣医学部、総合科学部、文学部等と多彩である。
 医学部・歯学部の専門関連科目として分子生物学、放射線生物学、発生遺伝学、現代物理学、医学統計学、被爆者健康管理学と基礎研究実習科目を担当している。医学部専門課程として基礎科目を担当すると同時に臨床医学科目(血液内科・腫瘍外科)と臨床実習を担当している。
 本研究所の教授は大学院医学系研究科委員会に属し、審議に参加し、大学院入学試験と学位論文の審査なども行っている。また、講師以上の教官は医学系研究科の構成員であり、現在二十四名の大学院生が研究所に在学している。
 ちなみに大学院受験資格は医学部卒業生はもちろんのこと六年制の歯学部、獣医学科等の大学を卒業したもの、もしくは修士号を有すものである。試験は英語ならびに専門科目であり、他学部からの大学院の入学も可能である。学位として博士(医学)が与えられる。
 前述した医学・生命科学、放射線生物学、疫学、医療等に興味のある研究心旺盛な他学部学生の研究参加を希望する。


【他学部との交流および社会への貢献】
 現在でも研究の面で医学部、理学部、生物生産学部、工学部等との交流が盛んに行われている。多くの院生や研究生が他学部より研究に参加している。
 また、腫瘍外科では二十四時間体制で「がん」についてのファックス相談を行っている。病気の事、治療、等々質問があれば、〇八二(二五七)五八六八にいつでもファックスすれば、腫瘍外科のスタッフが皆様の質問に対して答えてくれるというサービスを行っている。



写真2 所長杯バレーボール大会

写真3 バレーボール大会の表彰式並びに所内懇親のためのビヤパーティ



【将来への展望】
 まず優秀な人材の育成を行いながら研究成果を挙げることにある。それにともない「卓越した研究拠点」(COE)として機能する研究所にしたい。
 あわせて現在の研究所は老朽化が激しく、一部改修による部分的な手直しでは新しい時代の研究の遂行には適さない構造をしている。霞再開発に伴う研究所の移転が近い将来考えられているので、移転に際し研究環境、特に研究室や設備の整備による研究体制の強化を目指している。
(文責 渡辺敦光)




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