大学院国際協力研究科


二十一世紀をひらく旗手に栄光を

大学院国際協力研究科長 中山 修一
新築の研究科棟から巣立つ七十名(内留学生二十五名)の諸君、修了おめでとう。
 今、時代は二十世紀に幕を閉じ、二十一世紀へ時事刻々と接近している。ある人は、来世紀の人類社会には、多くの困難が待ち構えていると言う。しかし、その事を悲観的に考える必要などまったくないと思う。IDECに学んだ諸君は、人間の英知を信じることを心に刻んでいる。長い人類の歴史を振り返れば、地球社会は、それぞれの困難な時代をいつも克服し、新しい世界を切り開いてきた。ただ、確かなことは、新しい世界の幕開けには、必ずと言って良いほど異なる文明の衝突があった。その中から新しい文化や価値観が生まれ、人類に夢をもたらしてくれたことを、われわれは知っている。
 IDECの学生と教職員は、一研究科としては学内でもっとも多い一一四名(平成十一年一月)の留学生に恵まれ、毎日のようにミクロな文明の衝突の訓練に慣れ親しんできた。IDECの修了生は、文明の衝突の後に生まれる新しい文化と価値観を、一番早く手中に収める感性を磨いている。夢と希望を胸に大海に船出しよう。

院生とともに国際協力を考える
 

 

インドネシアでの経験を通じて

開発科学専攻博士課程前期 伊藤涼子
 この二年間、「国際協力」というキーワードのもと、さまざまな経験をしてきました。その中でも特に印象に残っているのが、国際協力事業団インドネシア事務所での一か月間のインターン経験です。
 「国際協力」や私の専門である「畜産」について学んだのはもちろん、日本という国を改めて考えるきっかけともなりました。インドネシアの人たちと話していると、日本についていろいろと尋ねられます。「原爆はなぜ広島に落とされたのか」といった質問から、武士道・サムライ・将軍・神風の意味など。私の知らない「日本」を尋ねられ、満足に答えることのできない自分を腹立だしく思いました。「国際協力はスペシャリストであると同時にジェネラリストでなくてはならない」よく言われる言葉ですが、改めてこのことを強く感じました。
「日本に帰ったら、君の家族や友人がインドネシアを訪れてみたいと思うように、楽しい思い出をみんなに話してあげなさい。それが君にできる一番の国際協力だよ」。一か月間暮らした家のお父さんが別れ際に言ったこの言葉を、社会人になってもずっと心に留め、国際協力研究科で学んだことを誇りに思いながら、これから先も頑張りたいと思います。

インドネシアの街角で(筆者左から2番目)
 

 

豊かな人間関係を大切に

教育文化専攻博士課程前期 森元俊一朗
 故郷の岡山を離れて七年、西条での生活は六年目になります。いい思い出も嫌な思い出もたくさんつまった学生生活もあと少しのはずですが、長く学校にいすぎたせいか、いまだにその実感はわきません。七年の月日を振り返ってみて思うことは、やはり学生生活を豊かにしてくれた、たくさんの人々との交わりです。
 学部生時代も友人に恵まれ、現在でも仲良くしていただいておりますが、特に国際協力研究科に身を置いてからは、家族的な雰囲気で私を迎えてくれた先生、研究室の方々に、いろいろな面でたいへんお世話になりました。そして、七年目の今年度は、就職活動、留学生や日本人学生と共に頑張った雑誌出版に向けての活動、論文の調査等を通じて大学内外のさまざまな人に出会い、貴重な経験をすることができました。また新校舎に移って出会った同じ院生室のメンバーには、特に親しくしていただき、学生最後の年をより充実したものにすることができました。
 私はもうすぐ、この西条の地を去りますが、ここで培った人間関係を永く大切にし、今後の新たな出会いを楽しみに社会に出て、豊かな人生にしていきたいと思っております。七年間お世話になりました。

ゆかいな仲間たちと(筆者右から6番目)
 

 



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