文 学 部


グッドラック

文学部長 向山 宏
 幸運や不運とは何だろう。明快だがペシミスティックな古代ギリシア人は、こう考えた。神は没落させようとする人の前に甘い運命を置いた。幸運は慢心を生み、慢心は没落を呼ぶからである。過激でもあるかれらは、恐ろしい不運をも考え出した。
 運命の三女神の紡ぐ糸にあやつられ、知らずして父親を殺し母親と結婚し四人の子供をもうけたテバイのオイディポス王もその一人。自分の運命を自分からすすんで解き明かしたかれは、自分の両目を潰して漂泊の旅に出、四人の子供の悲劇的な死を聞き、流浪の果てにコロノスの聖地で、とつぜん人々の前で消えた。神に昇華したのである。
 どうも人間は苦しみの中でしか成長できないものらしい。卒業生にグッドラックとは言っておくが、不運も悪くはないと心得ていてほしい。

 

広島県東広島市西条町

文学研究科東洋史学専攻 堀部 圭一
 「とんでもないとこやな」初めて西条に来た時の私の第一声はこれだった。そしてその「とんでもないとこ」に二年間も住むことになるとは、この時は正直思いもしなかった(それだけ院試の出来が悪かったわけだが)。
 まず、西条の第一印象がよろしくなかった。院試で訪れた私を西条は大雪で出迎えてくれた。まさに「おい、感じわるいぞ」である。だがその時私は西条の真の恐ろしさにまったく気付いていなかった。
 西条の破壊力は実際に住むようになって思い知らされた。何よりも店がない。あるのはただ水田、水田、水田。そして冬になれば雪は降る、道は凍る、車のフロントガラスは凍りつく。夏は夏で一晩中蛙は鳴き続ける。「嗚呼、麗シキ西条」である…。
 だからこれは内緒にしておいてもらいたい。私が実はそんな西条を気に入っていることを。

 

自己確立の四年間

文学部西洋哲学専攻 木村 裕美
 三六〇〇個。これは私がこの四年間で描いた落書きやデッサンの総数である。不思議なことに絵を描いている間、私の生き方や考え方についての明確なヴィジョンが得られた。
 何のために大学で学んでいるのかが一年の五月頃に急に分からなくなった。絵はその気を紛らわすために描き出した。絵を描きながら考えた結果、大学では講義を聴き単位を取るのが全てではないという結論にいたった。それから私は努めて地元の方々と接するようになった。
 本当に大学在学中になすべき事は多くの人々と交流し自己を確立することだ。将来、富や力に決して左右されない独自の思想を得ることに、それはつながるだろう。

 

たくさんの気持ち

文学部英語学英文学専攻 田中 彩子
 たくさんの気持ちが、この四年間にはあふれています。決して後悔がないわけではありません。時にはつらかったり、悔しかったり、でも、すべてが私の貴重な経験です。卒業を間近に控えた今、その瞬間、瞬間に精一杯向かっていったという充実感でいっぱいです。
 サッカー部のマネージャー活動に明け暮れ、何をするにもサッカー部のことが最優先でした。毎日の練習、遠征、何度もつれていってもらった全国大会…共に過ごしてきた部員やマネージャーは、私の誇りです。
 学業の面でも、数多くの魅力ある講義に出会いました。しかし成績の悪かった私は、先生方や友人に幾度となく助けてもらいました。学生時代に出会った多くの方々と家族に心から感謝し、その思いを、一人の社会人としてしっかりと歩いていくことで伝えられたらと思います。

 



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