自著を語る

『よみがえるソロー ネイチャーライティングとアメリカ社会』
 著者/伊藤詔子
 (A5判,280ページ)2,800円(本体)
  1998年/柏書房
 

文・ 伊藤 詔子


   ソローは文学を閉ざされた人間的領域から解放し、自己を取り巻く環境の概念を地球全域の生命内部へと拡大させた。その文学的経歴は、一生をかけて現在エコロジーとよばれている思想の総体を構築した点に、ユニークな一貫性が見出せる。
 『ウォールデン』序章「エコノミー」は、ソローの自然観となったエコロジーの縁語で、語源はギリシャ語オイコス(家)だ。アメリカ文学中最も著名な家となったウォールデン湖畔のソローのキャビンは、ネイチャーライターが注目する鳥の巣造りの合理性に習い、必要な材料はすべて森で調達し自分の手で建てたもので、まさにその造りにおいて、鴨長明の『方丈記』の茶室に似た構造を持ち、ソローの禅的思索や論語の影響、清貧の思想からも日本人には馴染み深い。
 ソローの簡素の追求は、市場経済化を促進させた鉄道建設や土地開発により、森林乱伐のさ中にあった十九世紀半ばのアメリカで、時代の趨勢となった「鉄道式生き方」に対し、「太陽と月以外には時計を持たず自然のリズムで生き」る「絶対的自由」の探求となった。
 拙著は、文学に自然と人間の新しい関係性の提示を読みとろうとするエコクリティシズムの手法で、こうしたソローの現代に生きる伝統を、環境文学の大きな焦点である自然観と社会へのコミットメントという二つの側面の繋がりを明らかにすべく三部に分けて論じた。
 第一部で初期自然誌的作品から『ウォールデン』まで、第二部でアメリカ史の原点に位置する建国神話の地の海辺の自然誌『ケープ・コッド』を経て、ソローの自然観変容に決定的契機を与えたダーウィンを中心とする科学思想の影響と『種の起原』の衝撃を中心に考察した。さらに第三部で、現代アメリカン・ネイチャーライティングにソロー文学の諸思想と修辞がいかに継承変容されているかを、特に環境保護運動家の間で生きる〈市民の不服従〉の伝統に焦点をあてて考察した。


プロフィール        
(いとう・しょうこ)
☆総合科学部教授。学術博士
☆専門=アメリカ文化・文学
☆主要著訳書『アルンハイムへの道ーエドガー・ポーの文学』(桐原書店、一九八六)、『アメリカ文学の自然を読む』(共著、ミネルヴァ書房、一九九六)、『森を読むー種子の翼に乗って』(宝島社、一九九四)、『緑の文学批評ーエコクリティシズム』(共訳、松柏社、一九九八)等
            




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