フォトエッセイ(44) キャンパスの動物

文・写真 筒井和義(Tsutsui, Kazuyoshi)
総合科学部脳科学研究室教授
           


キンカチョウ
Poephila guttata
 

オスのキンカチョウ

歌わないメス

歌を学習するキンカチョウの幼鳥

歌の構造
  
 世界中の多くの人に愛されている美しいこの鳥は、キンカチョウと言います。みなさんの何人かはこのキンカチョウをペットにしているかもしれません。東広島キャンパスの一角にある我々の研究室にもこの鳥がいます。しかし、ペットとしてではなく優れた研究動物としてです。
 キンカチョウはスズメ目のカエデチョウ科に属する鳥ですが、美しい歌を歌う鳴鳥として広く知られています。みなさんご存知のカナリアも代表的な鳴鳥です。キンカチョウやカナリアなどの鳴鳥は、コミュニケーション信号として種特有の歌を使います。鳴鳥の歌は、数種の素音がいくつかの組み合わせをとり、複数のフレーズを構成しています。これらのフレーズが、ある文法にしたがって構成されるのが鳴鳥の歌です。
 このように文法にしたがった時系列構造をもつ鳴鳥の歌は、我々ヒトのことばに相当します。我々ヒトが幼少期に複雑なことばを学習するように、キンカチョウの幼鳥も歌を学習により習得しています。ヒトの言語学習のメカニズムを研究する上で、キンカチョウの歌学習は大変有効な研究モデルとなります。このような理由から、広く世界中で脳研究者はキンカチョウを研究動物として使っています。この鳥は、学習・記憶に関する脳研究の発展に貢献し、脳科学の代表的学術誌『Neuron』の創刊号の表紙を飾りました。
 私がまだ学生のころの脳科学の重要課題の一つが、「オスの脳とメスの脳の違い」を明らかにすることでした。キンカチョウは生殖腺が発達する繁殖期になると、オスが複雑な歌を歌います。メスは歌いません。正しくは、メスは歌えないのです。多くの鳴鳥はオスだけが歌います。
 鳴鳥の脳が形態的に雌雄で異なることが明らかになったのは、Arnold 教授(カリフォルニア大学)とNottebohn (ロックフェラー大学)の業績であり、脳の雌雄差は光学顕微鏡下でも確認できるほど著しいものでした。写真は一九九七年に広島市で開催されたブレインサイエンス・シンポジウムで講演しているArnold教授です。
 キンカチョウで見いだされた明確な脳の雌雄差は、その当時の多くの脳研究者に衝撃を与えました。この発見を契機に、以後多くの学派が次々と立ち、歌学習の脳内機構と内分泌機構の理解が飛躍的に進展しました。


   

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